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第二部

39.エリスの不調(後編)

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「姉、さん……っ」
(肝心な時に、僕は何て役立たずなんだ)

 終いには、あまりの恐怖に、ガクガクと手足を震えさせる始末。
 こんな状態では、エリスを抱えて馬車を捕まえることすら、ままならない。


 ――けれど、そんなときだった。

 まるで救世主と言わんばかりに、人だかりを掻き分けて、一人の少女が駆け付けてきたのは。


「道を開けなさい!」

 と、声を張り上げてシオンの前に現れたのは、明らかに貴族の装いをした一人の少女だった。

 ラベンダーブラウンの髪と瞳に、陶器のようにつるりとした白い肌。猫のようなくりっとした瞳。
 薄紫色の美しいドレスを身に纏い、白いレースの手袋をしている。年齢はシオンと同じほど。

 一見、深遠の令嬢にしか見えない彼女は、けれどその愛らしい見た目とは裏腹に、開いたままの日傘を無造作に投げ捨てて、エリスの前で素早く腰を落とした。

 そしてエリスの脈と呼吸を確認するような素振りを見せると、呆気にとられるシオンを、睨むように見据える。

「見たところ、脈も呼吸も問題ないわ。だから、そんなに狼狽うろたえるのはおやめなさい」
「……っ」

 思わず震えが止まるほど力強い瞳で見つめられ、シオンはますます呆気に取られる。

 いったいこの女性は何者だろうか、と。
 
 そんなシオンに、少女は諭すような声で続けた。

「でも顔色が悪いから、すぐにお医者様にお診せした方がいいわ。わたくしの屋敷が近いから、そこに運びましょう。――アンナ!」
「はいっ、お嬢様……!」
「あなたは先に行って、辻馬車を二台止めてらっしゃい。一台にはわたくしとこの方たちが乗るから、あなたはもう一台の馬車で、先生を呼んで屋敷に連れてくるの。できるわね?」

 ようやく追いついてきた侍女は、主人の命令にコクリと頷き、放り捨てられた日傘を回収した上で、通りの方へ一目散に駆けていく。

 少女はそんな侍女の背中を見送って、再びシオンを見据えた。

「あなた、名前は?」

 強い口調で尋ねられ、シオンは言われるがまま答える。「シオン」と。

 すると少女は、「シオンね。わたくしはオリビア。オリビア・ルクレールよ」と名乗りながら立ち上がり、シオンを遠慮なく見下ろした。

「ほら、あなたも早くお立ちなさい。それとも、わたくしの手助けが必要かしら?」
「――っ」

 その挑発的な口調にプライドを刺激されたシオンは、ようやくいつもの冷静さを取り戻す。

 今はほうけている場合ではない、と。

「いいえ、結構です。僕一人で運べます」

 シオンは今度こそはっきり言い切ると、エリスを腕に抱えて立ち上がる。

 そうして、オリビアの侍女が止めた馬車に飛び乗ると、オリビアの屋敷へと向かった。
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