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第二部
37.シロツメクサの花冠(後編)
しおりを挟む(こうして野草に手を触れるのは、何年振りかしら……)
エリスは、母親が死んで以降、自然と触れ合うことなく生きてきた。
庭園の薔薇を愛でることは許されても、地面に座り込むようなことは許されない。海に潜ることも、駆け回ることも、『淑女らしくない』からという理由で、すべてが禁止されたからだ。
けれど今、ここでは何もかもが自由。
誰一人として、エリスの行動を咎める者はいない。
(ああ。わたし今、とても幸せなんだわ)
アレクシスに愛され、シオンに慕われ、マリアンヌとも良き友人関係が築けている。
かつてユリウスにだけ縋って生きていたあの頃とは、何もかもが変わった。
ここには、ちゃんと自分の居場所がある。
だから祖国に帰りたいとは思わない。父親に会いたいとも、少しも思わない。
けれど、シオンはどうだろうか。『祖国のことはどうでもいい』と言ったあの言葉は、果たして本心だったのだろうか。
シオンは今、ちゃんと幸せなのだろうか。
――すると、エリスがそう考え始めた矢先だった。
「できたよ、姉さん!」と無邪気な声が聞こえ、エリスはハッと顔を上げる。
するとそこには、完成した花冠を手に、誇らしげな顔をするシオンの姿があった。
まるで子供のような笑顔に、エリスの心はキュンと締め付けられる。
――にしても、なんと出来のいい花冠だろうか。同じ大きさの花が、見事に隙間なく編み込まれている。これは相当の手練れだ。
心から感心したエリスが、「まぁ、本当に凄いわ、あなたって器用だったのね!」と褒め称えると、
シオンは本気か冗談かわからない顔で、「一時期は暇さえあれば、姉さんの顔を思い浮かべて編んでいたからね」と口角を上げ、こう続けた。
「姉さん。僕の冠、受け取ってもらえますか?」
その問いに、エリスが「勿論よ」と微笑むと、シオンはエリスの頭にそっと冠を被せ、満足げに笑みを深める。
「うん。すごく似合ってる。やっぱり姉さんは何でも似合うな。流石、僕の姉さんだ」
「ふふっ、そうかしら?」
「そうだよ」
――こうして二人は晴れ渡る秋空の下、穏やかな時間を過ごすのだった。
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