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第二部
34.姉心(前編)
しおりを挟む帝国図書館に着いたエリスは、借りていた本を返却してから、待ち合わせ場所の談話スペースへと向かった。
談話スペースとは、会話OKの読書スペースのことだ。図書館内の本は何冊でも持ち込み可能で、飲み物や軽食も注文可能な、読書カフェ的な場所である。
区画は貴族、中産階級、労働者用と三つに区切られているが、貴族でここを使う者はほとんどいないため、待ち合わせ場所には最適だった。
「ではエリス様。わたくしはいつも通り、こちらで待たせていただきますので」
談話スペース入口の外側で、侍女はいつものように待機する。
貴族専用のスペースには、侍女と言えど立ち入れないためだ。
「ええ、戻ったら声をかけるわね」
エリスは侍女と別れると、係りに案内された貴族用のスペースで、マリアンヌの姿を探した。
(マリアンヌ様は、もういらしているかしら)
すると一番奥の人目につかないテーブルに、マリアンヌの美しい横顔を見つける。
「マリアンヌさ――」
――が、声をかけようとして、エリスは足を止め、同時に言葉を呑み込んだ。
マリアンヌが、とても楽しそうに会話していたからだ。それも、エリスのよく知る人物と。
(あれって……)
「……シオン?」
――そう。その相手とは、紛れもないシオンだった。
一月以上前に突然宮を飛び出していった、愛する弟に違いなかった。
(どうして、あの子がここにいるの?)
いったいこれはどういう状況だろうか。というより、この二人は知り合いだったのだろうか。――いつの間に?
(それに、シオンのあの顔……。マリアンヌ様相手にとても堂々として……まるで……)
マリアンヌの対面に座り、皇女相手に一切臆することなく談笑するシオンは、エリスの記憶の中の甘えん坊の弟とはまるで別人だった。
そんな弟の姿に困惑しながらも、エリスはテーブルに近づいていく。
すると、マリアンヌが真っ先にエリスに気が付き、「ごきげんよう、エリス様」と、いつもと変わらぬ美しい笑みを浮かべた。
エリスがそれに答えると、今度はシオンが穏やかに微笑む。
「姉さん、一月ぶりだね。会えて嬉しいよ」と。
「……っ」
その笑顔は、まるであの日のことなど全て忘れてしまったかのような、吹っ切れた笑みだった。
あの夜以降、エリスから音沙汰がなかったことに拗ねる素振りはなく、また、自分がエリスに連絡をしなかったことに、罪悪感を抱いている様子もない。
そのどこか余裕さえ感じるシオンの態度に、エリスは寂しさを抱かずにはいられなかった。
シオンはもう、自分には甘えてくれないのだと――。
(ああ、殿下の仰っていたとおりだわ。この子はもう、子供ではないのね)
けれど、寂しさを感じる以上に、安堵を覚えるのもまた事実。
アレクシスから話を聞いただけではわからなかった、『シオンは心配ない』という言葉の意味が、ようやく腹の底に落ちた気がした。
エリスはシオンを真っすぐに見据え、微笑み返す。
「そうね、わたしも嬉しいわ。あなたが元気そうで、本当に良かった」
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