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第二部

29.誘い(後編)

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 ◇


 エメラルド宮に戻ると、いつものようにエリスが出迎えてくれる。

「本日もお疲れ様でございました。お早いお帰り、嬉しいですわ」と言って、柔らかな笑みを投げかけてくれるエリスを前にすると、先ほどまで感じていたセドリックに対するモヤモヤが、嘘の様に消えていった。

(ああ、やはりエリスの笑顔は凄いな。心が洗われるようだ)

 アレクシスは脱いだコートを侍従に預けながら、エリスに微笑み返す。

「今日くらい、君とゆっくり過ごしたくてな。細々したことは部下に任せて帰ってきてしまった」

 昨日までは、何だかんだあって帰宅は夜十時を過ぎるのがザラだった。
 それでもエリスは毎晩必ず起きて待っていてくれたが、共に過ごせたのは、睡眠時間を除けばほんの二、三時間程度。

 だからアレクシスは、今夜こそはエリスとゆっくり過ごすと決めていた。
 とはいえ、今の時刻は午後五時を回ったころ。少々中途半端な時間である。

 さて、どうするか――と考えた末、アレクシスはエリスを散歩に誘うことにした。

「夕食まではまだ時間があるだろう。すぐに着替えてくるから、庭を散歩でもしないか?」と。

 本音を言えば、今すぐ寝台に連れ込みたいところである。
 が、ここのところアレクシスは毎晩エリスを抱き続けており、この時間から事に及ぶのは流石に色々と憚(はばか)られた。

 かと言って、エリスと個室に二人きりになってしまえば、手を出さずにいられる自信はない。
 となると、残る選択肢は二つ。使用人らの目のある場所で過ごすか、屋外に出るかである。

 だがエリスは、そんなアレクシスの葛藤など全く素知らぬ様子でこう言ったのだ。

「散歩も良いのですけれど、その前に、部屋に来ていただけませんでしょうか」と。

 アレクシスは目を見開く。

「……君の部屋に、か?」
「はい。もしくは、殿下のお部屋でも……」
「…………」
(これは、誘われていると思っていいのか?)

 アレクシスは一瞬都合よく考えたものの、いいや、きっと違うのだろうと内心大きく首を振った。
 エリスのことだ。もっと何かしら健全な理由があるに違いない。

 アレクシスは邪念を追い払うように息を吐き、どうにか平静を取り繕う。

「では、着替えたら君の部屋に行こう。それでいいか?」
「……! はい、では、お部屋でお待ちしておりますね」
 
 アレクシスの答えに、エリスはほっとしたように息を吐き、足早に去っていく。

 そんなエリスの背中を、アレクシスはどうにも気まずい気持ちで見送るのだった。
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