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第二部
28.誘い(前編)
しおりを挟む(結局、さっきのアレは何だったんだ)
その後クロヴィスから開放されたアレクシスは、傾きかけた太陽の下、帰りの馬車に揺られながらセドリックの様子を思い出していた。
それはほんの数分前、クロヴィスからチェックメイトを宣言されたすぐ後のこと。
「もう行っていいぞ」と言われアレクシスが個室から出ると、そこにはグレーのハンカチを右手に握りしめ、神妙な顔で立ち尽くすセドリックの姿があった。
「……?」
(ハンカチ? それに、何だ、あの顔は)
セドリックは普段、余程のことがない限り取り澄ました顔を崩さない。
戦場で死角から弓矢が飛んでこようとも、顔色一つ変えずに剣で叩き落としてしまうほど、常に冷静さを失わない。
そんなセドリックが、思い詰めたように眉を寄せ、握りしめたハンカチをじっと見据えている。
その見慣れない姿に、アレクシスは違和感を覚えずにはいられなかった。
「セドリック?」
「……っ、……殿下」
「どうした、可笑しな顔をして。マリアンヌの用というのは、そのハンカチだったのか?」
「……ええ、まぁ」
アレクシスが尋ねると、セドリックは曖昧に呟き、ハンカチを胸の内ポケットにしまい込む。
「いつかお貸ししたハンカチを、わざわざ返しにきてくださったようで」と、付け足して。
その返答に、アレクシスは一層違和感を覚えた。
本当にハンカチを返しにきただけならば、セドリックがこれほどまでに動揺するはずがないのだから。
けれどセドリックは、アレクシスが「それだけか?」と尋ねても、「それだけですよ」と答えるだけで、それ以上は語ろうとしなかった。
(まさか、セドリックが俺に隠し事をするとはな)
アレクシスは馬車の窓から街の賑わいを眺め、静かに目を細める。
いや、『隠し事』は流石に言いすぎか。
別にセドリックは、嘘をついたわけではないのだろうから。
(実際、マリアンヌの用事は『ハンカチを返しにきた』、それだけだったのだろう。だがセドリックには、あれほどまでに驚かなければならない理由があった)
つまりセドリックは、『驚いた本当の理由』を言わなかった。それだけなのだ。
その理由が気にならないと言えば嘘になる。
けれど、セドリックが「言わぬ」と決めたなら、それ以上聞く必要はない。
(そうだ。あいつが言わぬということは、俺には関係のないことなのだろうから)
アレクシスは自身の心を納得させるべく、そう言い聞かせた。
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