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第二部
23.刺繍(前編)
しおりを挟む(殿下はああ仰っていたけれど、やっぱり、もっと他にできることはないかしら)
エリスはアレクシスを見送った後、廊下を歩きながら考える。
アレクシスは『夜起きて待っていてくれればいい』と言ったけれど、他に彼が喜ぶことはないだろうか、と。
アレクシスは宮廷舞踏会以来、花や宝石やドレスを事あるごとに贈ってくれるようになった。
嫁いできたばかりの頃はがらんとしていた衣裳部屋の棚が、今では全て埋まっているほどだ。
それなのに、自分はアレクシスに何も返せていない。
夕食に手作りの料理を出すことはあっても、手元に残るようなものは、一つもあげられていないのだ。
(一度、刺繍したハンカチを贈ろうかと考えたこともあったけれど)
いざハンカチに刺繍を施そうとしたら、別れたユリウスの顔が思い浮かび、手が止まってしまった。
アレクシスへの最初のプレゼントが、元婚約者に贈ったものと同じというのは、いかがなものだろう、という気分になったのだ。
(刺繍じゃなくて、何か品を注文する? でもあまり時間もないし、殿下はわたしと違って、必要なものは全て揃えていらっしゃるのよね)
エリスは、いつの間にやら戻っていた自分の部屋の中を、ぐるぐると歩き回りながら思案する。
侍女たちが不思議そうな目で見てくるが、今のエリスに、それを気にしている余裕はなかった。
(ここはやっぱり刺繍にしようかしら。出立まであと十日しかないし、品を注文するというのは現実的じゃないもの。でも、ハンカチとポケットチーフはユリウス殿下にお渡ししてしまっているのよね。……それに)
エリスは、一度も見たことがないながら、訓練中のアレクシスの姿を思い浮かべる。
(そもそも、ハンカチやポケットチーフって、演習に持っていかれるのかしら?)
ポケットチーフは論外として、アレクシスの軍服のポケットに、ハンカチが収まっているとは想像しづらい。
贈れば絶対に喜んでくれるだろうが、ここ最近のアレクシスの態度からすると、『君からの刺繍の入ったハンカチを汚すわけにはいかない。額縁に入れて飾ろう』くらい言いそうな気がする。
(いえ、流石に額縁は言いすぎね。でも、鍵のかかった引き出しに仕舞うくらいはしそうだわ)
それはそれで嬉しいのだが、本音を言えば、やはり、遠征に持っていってもらいたい。
「悩むわね。どうしましょう……」
そこまで考えて、ふと思い至る。
今日は午後から皇女宮にてマリアンヌとお茶をすることになっている。彼女なら、いい助言をくれるかもしれない。
(そうね、それがいいわ。マリアンヌ様にお伺いしてみましょう)
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