ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

夕凪ゆな@コミカライズ連載中

文字の大きさ
上 下
74 / 151
第二部

19.夏の宵(中編)

しおりを挟む
 エリスがその夜のことを思い出していると、不意に、アレクシスがシオンの名を口にする。

「そうだ、エリス。シオンが昨夜、学院の寮に移ったそうだ。今日セドリックから報告があった」
「――!」

 その内容にエリスは一瞬瞳を見開くと、そっと身体を起こし、感情を押し殺す様に微笑んだ。

「そうですか。一週間もセドリック様にお世話になって……次お会いしたら、直接お礼を申し上げなければなりませんわね」
「礼? ……礼か。あいつが好きでしたことだから、必要ないと思うがな」
「そういうわけには参りませんわ。わたくしは、あの子の姉ですもの」

 そう。シオンは宮を去ってからの一週間、セドリックに世話になっていた。
 セドリックが、「シオンのことを気に入った」という理由で。

 だが、それが単なる気遣いに過ぎないということを、エリスは理解していた。――というより、そうとしか考えられなかった。

 とは言え、せっかくの好意を無下にするのも悪いし、シオンを一人にしておくことに心配が拭えなかったエリスは、セドリックの申し出を有難く受け取ったのだ。


「そんなに心配なら、手紙を書いたらどうだ?」

 アレクシスは、膝枕をやめてしまったエリスの腰を引き寄せると、今度は膝の上に座らせる。
 するとエリスは頬を染め、けれど、拒絶する様に瞼を伏せた。

「手紙は書きません。わたくし、決めましたの。あの子の方から連絡してくるのを、いつまでも待つと」

「…………」

 そのかたくなな眼差しに、アレクシスは困ったように眉を下げる。
 我が妻はなかなかに強情だ、と。

(……だが、そこもいい)

 そう思ってしまうのは、惚れた弱みであろうか。

 ――が、このままではまた、エリスの心はシオンでいっぱいになってしまう。
 それを危惧したアレクシスは、悩みに悩んだ末、最後の一手を打つことにした。

 アレクシスはグラスに残った酒を一気に飲み干しテーブルに置くと、エリスの身体をさっと腕に抱き抱え、ソファから立ち上がる。

「きゃっ」と小さく悲鳴を上げたエリスの顔を至近距離で覗き込み、悪巧みをする子供の様に微笑んだ。

「君に一つ、いいことを教えてやろう」
「いいこと、ですか?」
「ああ。これを聞いたら、きっと君もシオンの見る目が変わる」
「……?」

 アレクシスは、不思議そうに自分を見上げるエリスをベッドまで運ぶと、部屋の灯りを一つだけ残し、他を手早く落として回る。
 そうして自分もベッドに横になると、エリスの身体を腕に抱き寄せ、こう尋ねた。

「君は、シオンの成績表を見たことがあるか?」

「成績表、ですか?」

 予期せぬ質問に、エリスは眉を寄せた。
 が、やや逡巡した末、慎重に答える。

「直接見たことはありませんわ。ですが父からは、『中の下』だと聞いております。最も、父は決してシオンを褒めませんでしたから、実際は『中の上』くらいだと思うのですが。……でも、どうしてそのようなことを?」

 質問の意図がわからず困惑顔のエリスに、アレクシスは「やはりな」と呟いた。

「それは間違いだ。シオンは少なくともここ六年、毎年次席を取っていた。つまり、君の実家に送られていた成績表は、シオンが学長に頼んで用意させた偽物だ」
「……っ」

 突然語られた内容に、エリスは大きく目を見張る。

「そんな……偽物だなんて。それにあの子が次席だなんて、信じられませんわ」
「だが確かな事実だ。俺は実際の成績表を見たからな。それも、主席は王族に譲り、敢えて・・・の次席だ。次席までは学費が全額免除されるから、それで十分ということだったのだろう」
「学費の免除……? ですが父は、毎年学費を学園に振り込んでおりましたのよ。そのお金は、いったいどこに……」
「ああ。俺もそれが気になってセドリックに調べさせたら、シオンはその金を学園側から受け取り、投資していたことがわかった。投資先は金融業、建設業、造船業、金属加工業など多岐に渡るが、どれも有望な投資先ばかりだ。まさか貴族であるシオンに商才があったとは、恐れ入った」
「……そんな……あの子が……そんなことを」

 エリスはいよいよ困惑を深める。

 あの純粋で真面目なシオンが、学園を巻き込んで成績表を偽造し、浮いた学費で投資をしていたなどと言われても、まったくもって信じられなかった。
 けれど、アレクシスが言うのだから間違いない。嘘をつく理由もないのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

処理中です...