73 / 122
第二部
18.夏の宵(前編)
しおりを挟む
※前話でシオン編終わりの予定でしたが、すみません。1話追加させてください…!
------------------------------------------------------------------
シオンがエメラルド宮を去って、一週間が経った日の夜。
寝支度を終えたエリスの部屋には、蒸留酒の入ったグラスを片手にソファでくつろぐアレクシスと、その片膝に頭を乗せ、緊張に身を固めるエリスの姿があった。
時刻は午後九時を回ったころ。
部屋の灯りを落とすにはまだ早く、エリスはどうしようもなく赤く染まってしまう頬を、照明の下に晒していた。
「顔が赤いな。まだ慣れないのか? もう五日目だぞ」
「……っ」
アレクシスは誘う様な目で、エリスの瞳を真上から覗き込む。
――この一週間、伽の前にこうして膝枕をするのが、二人の日課となっていた。
シオンがエリスに膝枕をしてもらっていたことを羨んだアレクシスが、「俺にもしてくれないか」とせがんだことがきっかけだ。
こうして最初の二日はエリスがアレクシスを膝枕していたのだが、三日目の夜にアレクシスが「交代しろ」と言い出して、それ以降何やら味を占めてしまったのか、エリスが膝枕される日が続いている。
(こんな体勢、一生慣れるわけないわ……。それに、殿下の膝は硬くて……すごく……落ち着かない)
五日が経った今も、どうにもソワソワしてしまう。
この膝枕タイムが終わったら、灯りを消してベッドイン――という流れが決まっていることも、慣れない理由の一つかもしれない。
「あの、殿下……。そろそろ代わっていただけませんか? わたくしが膝枕させていただきますから……」
エリスはぎこちなく視線を上げる。
だがアレクシスは、当然のごとく拒否した。
「駄目だ。確かに君の膝枕は何物にも代えがたい温もりがあったが、見下ろす方が俺の性にあっている。それに、横になっていたら酒が飲めないだろう。君が口移しで飲ませてくれると言うなら別だが」
「……っ」
アレクシスはエリスの顔を覗き込んだまま、くっと片方の唇を持ち上げる。
その挑発的な笑みに、エリスの心臓は、どうしようもなく鼓動を速めた。
とても直視していられない。
「……わたくし、お酒は飲めないのです。ご存じでしょう?」
エリスはふいっと顔を横に背けるが、アレクシスはそれさえも愛おしいと言うように、表情を緩める。
「わかっている。が、酔った君の姿を見てみたいという願望があるのは事実だ。君の白い肌が紅潮する様を想像すると、全身の血がたぎって剣すらまともに握れなくなる」
「――っ」
――甘い。と言うか、エロい。
エリスは、今ではすっかり見慣れたはずの、白いバスローブから覗く厚い胸板から放たれる色気に当てられ、両手で顔を覆った。
開け放たれたバルコニーからは、夏の終わりの清涼とした空気が流れ込んでくるが、そんなものではどうにもならないくらい、身体が火照って仕方ない。
お酒なんて一滴も口にしていないのに、アレクシスの言動がいちいち色気を含みすぎて、酔わされてしまうのだ。
(恥ずかしくて、顔から火を噴きそうだわ)
シオンがいなくなる前までのアレクシスは、何を伝えるにもぎこちないところがあった。
言葉も、触れる指先も優しかったけれど、全てにおいて遠慮している節があった。
それが変わったのは一週間前。シオンが宮を去ってからだ。
走り去るシオンの背中を追いかけようとしたエリスを、「あいつも男だ。一人にしてやれ」と言って止めたアレクシス。
彼は、それでも尚反論しようと口を開きかけたエリスの唇を無理やり塞いで遮ると、拗ねたような声でこう言った。
「今日はもうその名を口にするな。いくら君の実弟と言えど流石に妬ける。君の夫はこの俺だ」
と。
今にして思えば、あのときの台詞は、シオンのことばかり考えて悩む自分の思考を、別のところに逸らすためのものだったかも、と思えなくもない。
が、そのときは驚きすぎて、そんなことを考えている余裕はなかった。
結局エリスは放心状態のまま部屋に連行され、気付いたときにはベッドの上。
その後、「二週間我慢したんだ。今夜は寝かさない。覚悟しろ」と耳元で囁かれた言葉の通り、朝まで抱きつぶされたのである。――勿論、同意の上でだが。
------------------------------------------------------------------
シオンがエメラルド宮を去って、一週間が経った日の夜。
寝支度を終えたエリスの部屋には、蒸留酒の入ったグラスを片手にソファでくつろぐアレクシスと、その片膝に頭を乗せ、緊張に身を固めるエリスの姿があった。
時刻は午後九時を回ったころ。
部屋の灯りを落とすにはまだ早く、エリスはどうしようもなく赤く染まってしまう頬を、照明の下に晒していた。
「顔が赤いな。まだ慣れないのか? もう五日目だぞ」
「……っ」
アレクシスは誘う様な目で、エリスの瞳を真上から覗き込む。
――この一週間、伽の前にこうして膝枕をするのが、二人の日課となっていた。
シオンがエリスに膝枕をしてもらっていたことを羨んだアレクシスが、「俺にもしてくれないか」とせがんだことがきっかけだ。
こうして最初の二日はエリスがアレクシスを膝枕していたのだが、三日目の夜にアレクシスが「交代しろ」と言い出して、それ以降何やら味を占めてしまったのか、エリスが膝枕される日が続いている。
(こんな体勢、一生慣れるわけないわ……。それに、殿下の膝は硬くて……すごく……落ち着かない)
五日が経った今も、どうにもソワソワしてしまう。
この膝枕タイムが終わったら、灯りを消してベッドイン――という流れが決まっていることも、慣れない理由の一つかもしれない。
「あの、殿下……。そろそろ代わっていただけませんか? わたくしが膝枕させていただきますから……」
エリスはぎこちなく視線を上げる。
だがアレクシスは、当然のごとく拒否した。
「駄目だ。確かに君の膝枕は何物にも代えがたい温もりがあったが、見下ろす方が俺の性にあっている。それに、横になっていたら酒が飲めないだろう。君が口移しで飲ませてくれると言うなら別だが」
「……っ」
アレクシスはエリスの顔を覗き込んだまま、くっと片方の唇を持ち上げる。
その挑発的な笑みに、エリスの心臓は、どうしようもなく鼓動を速めた。
とても直視していられない。
「……わたくし、お酒は飲めないのです。ご存じでしょう?」
エリスはふいっと顔を横に背けるが、アレクシスはそれさえも愛おしいと言うように、表情を緩める。
「わかっている。が、酔った君の姿を見てみたいという願望があるのは事実だ。君の白い肌が紅潮する様を想像すると、全身の血がたぎって剣すらまともに握れなくなる」
「――っ」
――甘い。と言うか、エロい。
エリスは、今ではすっかり見慣れたはずの、白いバスローブから覗く厚い胸板から放たれる色気に当てられ、両手で顔を覆った。
開け放たれたバルコニーからは、夏の終わりの清涼とした空気が流れ込んでくるが、そんなものではどうにもならないくらい、身体が火照って仕方ない。
お酒なんて一滴も口にしていないのに、アレクシスの言動がいちいち色気を含みすぎて、酔わされてしまうのだ。
(恥ずかしくて、顔から火を噴きそうだわ)
シオンがいなくなる前までのアレクシスは、何を伝えるにもぎこちないところがあった。
言葉も、触れる指先も優しかったけれど、全てにおいて遠慮している節があった。
それが変わったのは一週間前。シオンが宮を去ってからだ。
走り去るシオンの背中を追いかけようとしたエリスを、「あいつも男だ。一人にしてやれ」と言って止めたアレクシス。
彼は、それでも尚反論しようと口を開きかけたエリスの唇を無理やり塞いで遮ると、拗ねたような声でこう言った。
「今日はもうその名を口にするな。いくら君の実弟と言えど流石に妬ける。君の夫はこの俺だ」
と。
今にして思えば、あのときの台詞は、シオンのことばかり考えて悩む自分の思考を、別のところに逸らすためのものだったかも、と思えなくもない。
が、そのときは驚きすぎて、そんなことを考えている余裕はなかった。
結局エリスは放心状態のまま部屋に連行され、気付いたときにはベッドの上。
その後、「二週間我慢したんだ。今夜は寝かさない。覚悟しろ」と耳元で囁かれた言葉の通り、朝まで抱きつぶされたのである。――勿論、同意の上でだが。
222
お気に入りに追加
1,574
あなたにおすすめの小説
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました
柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」
結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。
「……ああ、お前の好きにしろ」
婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。
ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。
いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。
そのはず、だったのだが……?
離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
バイバイ、旦那様。【本編完結済】
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
妻シャノンが屋敷を出て行ったお話。
この作品はフィクションです。
作者独自の世界観です。ご了承ください。
7/31 お話の至らぬところを少し訂正させていただきました。
申し訳ありません。大筋に変更はありません。
8/1 追加話を公開させていただきます。
リクエストしてくださった皆様、ありがとうございます。
調子に乗って書いてしまいました。
この後もちょこちょこ追加話を公開予定です。
甘いです(個人比)。嫌いな方はお避け下さい。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ひとりぼっち令嬢は正しく生きたい~婚約者様、その罪悪感は不要です~
参谷しのぶ
恋愛
十七歳の伯爵令嬢アイシアと、公爵令息で王女の護衛官でもある十九歳のランダルが婚約したのは三年前。月に一度のお茶会は婚約時に交わされた約束事だが、ランダルはエイドリアナ王女の護衛という仕事が忙しいらしく、ドタキャンや遅刻や途中退席は数知れず。先代国王の娘であるエイドリアナ王女は、現国王夫妻から虐げられているらしい。
二人が久しぶりにまともに顔を合わせたお茶会で、ランダルの口から出た言葉は「誰よりも大切なエイドリアナ王女の、十七歳のデビュタントのために君の宝石を貸してほしい」で──。
アイシアはじっとランダル様を見つめる。
「忘れていらっしゃるようなので申し上げますけれど」
「何だ?」
「私も、エイドリアナ王女殿下と同じ十七歳なんです」
「は?」
「ですから、私もデビュタントなんです。フォレット伯爵家のジュエリーセットをお貸しすることは構わないにしても、大舞踏会でランダル様がエスコートしてくださらないと私、ひとりぼっちなんですけど」
婚約者にデビュタントのエスコートをしてもらえないという辛すぎる現実。
傷ついたアイシアは『ランダルと婚約した理由』を思い出した。三年前に両親と弟がいっぺんに亡くなり唯一の相続人となった自分が、国中の『ろくでなし』からロックオンされたことを。領民のことを思えばランダルが一番マシだったことを。
「婚約者として正しく扱ってほしいなんて、欲張りになっていた自分が恥ずかしい!」
初心に返ったアイシアは、立派にひとりぼっちのデビュタントを乗り切ろうと心に誓う。それどころか、エイドリアナ王女のデビュタントを成功させるため、全力でランダルを支援し始めて──。
(あれ? ランダル様が罪悪感に駆られているように見えるのは、私の気のせいよね?)
★小説家になろう様にも投稿しました★
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる