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第二部

17.シオンの選択(後編)

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 ◇


 一方、今の一部始終をエリスの部屋のバルコニーから見ていたセドリックは、安堵の溜め息をついた。

 シオンが突然部屋を飛び出したときはどうなることかと思ったが、それ以前のやり取りで『宮を出ていく』方にシオンの意思が傾いていることを感じていたセドリックは、『ここまで誘導したのだから、なるようになるだろう』と、追いかけるのを止めたのだ。

 結果、その選択は間違っていなかった。

 ここからでは声は聞こえないものの、シオンの走り去る様子から、彼が『宮を去る』決断を下したことは明白だ。
 つまり、セドリックの願う通りの結果になったわけだ。


 セドリックは、本棟の方へ消えていくシオンの背中を見送り、疲れた様子で前髪を掻き揚げる。

(殿下がシオンを『小姓』にすると言い出したときは、正直どうしようかと思ったが……)

 ――今、彼の中にあるのは、大きな安堵と小さな罪悪感だった。

 セドリックは今日まで――シオンが感じていたとおり――露ほどもシオンに興味を持っていなかった。

 舞踏会では少々やらかしてくれたシオンだが、そもそもの首謀者はジークフリートであったし、セドリックから見たら、目的も手口もかわいいもの。
 エリスの前では猫を被り、嫌いな相手には敵意を示す――なんともわかりやすく単純な性格のシオンを、警戒する必要はなかった。

 二週間前に突然エメラルド宮にやってきたときは流石に驚いたが、アレクシスに危害を加えるような馬鹿な真似はしない辺り、一応頭は回るらしい――となれば、ますますその思考は予想しやすく、いざとなればいつでも追い出すことのできる、そんな相手でしかなかった。

 だが、セドリックにとって『どうでもいい存在』だったシオンが、アレクシスの一言によって一瞬のうちに『敵』となった。

 セドリックはアレクシスを慕うあまり、シオンがアレクシスの『小姓』になることを、どうしても受け入れられなかったのだ。

 だからセドリックは、自らの過去を語ってシオンを脅し、思考を捻じ曲げようとした。
 そうまでして、シオンを遠ざけようとしたのである。

(自分のしたことに後悔はない。が、彼には申し訳ないことをした)

 本来なら、アレクシスの決定にセドリックが口を挟むことは許されない。
 身勝手な私情でシオンを煽り、本来シオンが選んだであろう道を選ばせないようにするなど、もってのほかだ。

 だがそうとわかっていても、そうせざるを得なかった。

 つまり、今回のことに限って言えば、シオンは被害者なのである。

 ――となれば、せめて宿の手配くらいはしてあげなければ。
 あるいは今夜一晩くらいならば、自分の部屋に泊めることもやぶさかではない。

 そんなことを考えながら眼下を見下ろすと、どうやらアレクシスの方も上手いこと話がまとまったようだ。
 アレクシスはエリスを腕に抱え、速足でこの棟の入口に向かってくるところだった。

 これからお楽しみの時間ということだろう。

 
 セドリックはそんな二人をじっと見下ろし、物憂げに瞼を伏せる。

 どうかこの穏やかな日々が一日も長く――願わくば、一生涯続くようにと祈りを捧げながら。


「さて……邪魔者は一刻も早く退散せねば」

 ――と薄く微笑んで、セドリックは部屋を後にしたのだった。
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