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第二部

14.優しさの理由(後編)

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 ◇


 そうして今現在、セドリックの言葉の意味を瞬時に悟ったシオンは、居ても立っても居られずに部屋を飛び出し、暗い庭園を駆け抜けていた。

「姉さん……!」――と、姉の名を恋しく呼びながら、月明りだけを頼りに、エリスの姿を求めてひた走る。


 ――今、シオンを駆り立てているのは強い焦燥だった。

 セドリックの答えを聞いたシオンは、どうしてもエリスに確かめなければならないと思った。

『この二週間、姉さんがずっと一緒にいてくれたのは、僕に負い目を感じていたからなのか?』――と。

 自分を泊めるようアレクシスに頼んてくれたことも、毎日お茶を振る舞ってくれたことも、エリスとアレクシスが二人きりにならないよう邪魔をする自分を、決してとがめなかったのも……。

(すべては、幼いぼくを守れなかったことに対する、罪悪感のせいだった……?)

 そんなはずないと思いたいのに、一度考えだすと止まらなくなる。
 愛故と思っていたエリスの行動が、実際は負い目からくるものだとしたら、自分はなんと愚かなことをしてしまったのだろう、と。

「姉さん……! どこにいるの……!?」

 シオンは、昼間のエリスの青ざめた顔を思い出し、強い後悔に苛まれた。

『姉さんと一緒に暮らせないなら、生きる意味なんてない……!』――そう叫んで手すりに足をかけた自分の腰に縋り付き、必死に止めてくれたエリス。

 あのときエリスは、いったいどんな気持ちでいたのだろう。

 実際の気持ちは、本人に聞いてみなければわからない。
 けれど少なくとも、いい気持ちはしなかったはずだ。

 それどころか、エリスは自身を責めたかもしれない。

 
 自分の配慮が足りなかったから、シオンを追い詰めてしまったのでは。
 もっと大切にしてあげていれば、シオンがこんな行動に出ることはなかったのに――そう思った可能性だってある。


(姉さんに、謝らないと……!)

『心配をかけてごめんなさい』と、伝えなければ。
 そして、一刻も早く姉を安心させてあげなければ。


 すると、そう思った瞬間だった。

 暗がりの向こうに見覚えのある二人分の人影シルエットを見つけ、シオンは声を張り上げる。

「姉さん……!」――と。

 けれど、彼はすぐに後悔した。

 なぜなら、間の悪いことに、二人はたった今口づけを交わそうとしていた、その瞬間だったのだから。
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