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第二部

8.セドリックの追憶(前編)

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 それは悲劇だった。

 十二年前、アレクシスとセドリックが十歳のとき、アレクシスの母親であるルチア皇妃が馬車の事故で命を落としたこと。また、そのとき一緒に馬車に乗っていたアレクシスの乳母――セドリックの実の母親も亡くなったこと。

 それによって後ろ盾を失ったアレクシスの周りからは、手のひらを返したように人がいなくなり、王宮内に居場所を失っていったことを、セドリックは淡々と語った。

「当時、皇帝陛下には既に十名以上の奥方がいらっしゃいましたし、皇子は八名、皇女は十二名おりましたから、陛下はルチア皇妃が亡くなったことや、残されたアレクシス殿下に興味をお示しになることはありませんでした。そもそもここ帝国では、皇子や皇女らは成人するまで、陛下と顔を合わせることは殆どありません。教育も人脈も、すべて母方の血筋がものを言います。その様な状況で、殿下が王宮内で孤立されるのは、必然とも言えました」

 セドリックは静かな声で続ける。

「それでもその後一年の間は、ルチア皇妃の兄君――つまり殿下の伯父であり、親帝国派でもあったスタルク王国のマティアス王弟殿下の御助力のおかげで、なんとか立場を保つことができておりました。が、その後マティアス王弟殿下が亡くなられたのを機に、アレクシス殿下のお立場は一気に悪化。――スタルク王国が、帝国に反旗を翻したからです」
「――!」

 これを聞いたシオンは、無意識のうちに息を呑んだ。

 今より丁度十年前、スタルク王国が帝国との戦争に敗れ、女子供に至るまで王族全員が首を刎ねられたのは有名な話。
 だが、そのきっかけまでは知らなかったからだ。
 
 驚きを隠せないシオンに、セドリックは尚も語る。

「こうして、私たちは王宮内でますます冷遇されるようになりました。私の母は、ルチア皇妃が帝国に輿入れする際、スタルク王国から遣わされた反帝国派の宰相の娘でしたから……」

 つまりセドリックの母親には、生前、帝国内の機密情報をスタルク王国に流した容疑がかけられたのだ。

「誰もが母を疑っておりました。母の遺品は全て押収され、手元に残ったのは遺髪だけ。けれど殿下だけは、母の無実を信じてくださった。私ごと切り捨てることもできたのに、決してそうはなさらなかった。かと言って、まだ子供だった私たちには、母の疑いを晴らすすべはありませんでした。――結局その後、帝国はスタルク王国との開戦を決定。王宮内での居場所を完全に失った殿下と私は、クロヴィス殿下の計らいにより、ランデル王国に送られました。その後終戦までの間、教会の孤児院で身を潜めて過ごすことになったのです」

 当時の記憶が思い出されるのだろう。
 セドリックは時折息苦しそうに顔をしかめるが、それでも、語るのを止めようとはしない。

「あの頃の私たちは、すっかり疲れ切っておりました。言語も文化も異なる土地で、不自由な暮らしを強いられ、いつ祖国に戻れるのかもわからない。そんな生活の中、元々身体の弱かった私は伏せりがちになりました。薬も効かず――まぁ、今思えば精神的なものだったのでしょうが――けれど私が最も気がかりだったのは自分の身体ではなく、すっかり人間不信に陥っていた殿下のことでした」
「…………」

 もはや完全にその場の雰囲気に呑まれたシオンは、言葉一つ発することができなかった。

 セドリックはいったいどうして自分にこんなことを話すのだろうか――強く疑問に思いながらも、それを口に出すことはどうしてもはばかられた。

 ――が、その疑問の答えを、シオンはすぐに知ることになる。

「けれど」――と、セドリックが声色を変えた、すぐあとに。

「ランデル王国で過ごし始めて二ヵ月が経ったある日、殿下はエリス様と出会われたのです」

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