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第二部

7.予期せぬ光景(後編)

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 ◇


 それから三十分ほどして、シオンはようやく目を覚ました。

 灯りが眩しい。自分はいつの間に眠ってしまっていたのだろうか。
 彼はゆっくりと身体を起こし、そこでようやく、エリスの姿がないことに気が付いた。

「……姉さん?」

 シオンは無意識にエリスの姿を探そうとする。
 けれどそれより早く、「エリス様なら、殿下と夜の庭園を散歩中ですよ」との声が聞こえ、ハッとそちらを振り向いた。

 するとそこには、ローテーブルを挟んだ対面のソファに腰かけて、どことなく冷たいオーラを放つセドリックの姿がある。

「セドリック殿……?」

 シオンは驚いた。
 エリスの部屋で、セドリックと二人きり。侍女の姿もない。
 これはいったいどういう状況だろうか。

「あの……僕に何か御用でしょうか」

 シオンはまだ、セドリックと殆ど言葉を交わしたことがなかった。
 まともに話したのは、三ヵ月前の宮廷舞踏会のときだけだ。


 ――それは第二皇子クロヴィスから『話し合い』という名の尋問を受け、目的を洗いざらい吐かされた後のこと。
 ジークフリートと共に帰りの馬車に乗る直前、セドリックに呼び止められこう聞かれた。

「ところでシオン様。つかぬことをお聞きしますが――エリス様の肩の傷は、いったいどういった理由でできたものなのでしょうか」と。

(肩の傷? 姉さんの……?)

 シオンは予期せぬ質問に驚いたが、すぐにそれが、火傷の痕のことであろうと思い至る。
 けれど彼はアレクシスに強い敵対心を燃やしていたため、絶対に教えてやるものかと、このように答えたのだ。

「姉さんが教えていないことを、僕が言うわけにはいきません」――と。

 するとセドリックはすぐに「それもそうですね」と引き下がったため、それ以上会話は続かなかった。


 それはシオンが帝国に来てからも変わらない。
 セドリックとは無難な挨拶を交わす程度で、会話らしい会話をした記憶は一切ない。

 それなのに今、セドリックは自分が起きるのを待っていたかのように、こちらを見下ろしている。

 その冷えた眼差しに、シオンは悟った。

(ああ、そうか。この男は僕に、『処分』を下すためにここにいるんだな)
 ――と。

 昼間、自分が起こした騒ぎ。
 その内容がアレクシスに伝わったのだろう。

 ということつまり、自分は今日明日中にここを追い出されるはず。

 だがそれも致し方ない。自分は、それだけのことをしでかしたのだから。

 シオンはきゅっと唇を結ぶと、ソファから足を下ろしセドリックに向き直る。
 未だ黙ったまま、こちらの様子を伺うような視線を寄こすセドリックを、毅然と見据えた。

 するとようやく、セドリックが口を開く。

「私は殿下から、あなたへの『伝言』をお伝えする役目を仰せつかっております。けれどその前に、昔話をさせていただいても?」
「昔話、ですか?」
「ええ。私がまだ十二のころ、ランデル王国に半年ほど滞在していたときの思い出を」
「…………」

(このタイミングで昔話? いったいどういうつもりで……)

 シオンは訝し気に眉を寄せる。――が、自分に拒否権はない。

 シオンが小さく頷くと、セドリックは薄く微笑み、語り出す。

「全ては十二年前、皇帝陛下の第三夫人であり、殿下のお母上、ルチア皇妃が事故でお亡くなりになったことから始まりました――」
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