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第二部
4.エリスとシオンの午後のひととき(前編)
しおりを挟む同じ頃、エリスはエメラルド宮にて、隣室のドアをノックしていた。
シオンをアフタヌーンティーに誘うためである。
「シオン、入るわよ?」
そう声をかけると、「どうぞ」と短い返事が返ってくる。
エリスが扉を開けると、シオンはソファに腰かけ、膝の上の書物に目を通しているところだった。
ローテーブルには、恐ろしく分厚い本が何冊も積み上がっている。
エリスがそのうちの一冊に目をやると、背表紙には『ヴィスタリア法大全』の文字が。
どうやらシオンはただいま、法律の勉強をしている真っ最中のようである。
エリスは、集中しているシオンに声をかけるか一瞬迷ったが、あまり根を詰めすぎるのものよくないと判断し、シオンを呼ぶことにした。
「シオン、お茶の準備ができたわ。少し休憩にしましょう?」
するとその声に、シオンはようやくエリスに気付いたというように顔を上げ――パッと顔を綻ばせる。
「姉さん! ごめん、気付かなかった! 待ってね、すぐに片づけるから……!」
「いいのよ、ゆっくりで」
「駄目だよ。僕、毎日この時間を楽しみにしてるんだ」
シオンはそう言うと、ものの五秒でテーブルの上を整え、満面の笑みでエリスのもとへ駆け寄っていく。
「お待たせ、姉さん!」
「全然待ってないわ、大丈夫よ」
そして二人は、お茶をするためエリスの部屋へと移動した。
◇
バルコニーのテーブルには、いつものようにアフタヌーンティーの準備が整っていた。
シミ一つない真っ白なテーブルクロスが敷かれた丸テーブルには、三段のケーキスタンドと、それを挟んで二人分の皿とカトラリーが用意されている。
ケーキスタンドには、下から順に、ハムときゅうりのサンドイッチ、アールグレイのスコーン、それから、桃のタルトとドライフルーツのパウンドケーキが品よく並べられていた。
シオンはそれらを見て、嬉しそうに目を細める。
――シオンがエメラルド宮に居座り続けて二週間。
エリスは毎日こうしてお茶を用意し、振る舞ってくれる。
シオンが勉強している以外の時間は、こうして共に過ごしてくれる。
それはエリスからしたら当たり前のことだったが、シオンはそれがどうしようもなく嬉しかった。
「いつもありがとう、姉さん。僕は今、とても幸せだよ」
シオンが感謝を伝えると、エリスは、
「シオンったら、大袈裟なんだから」――と言って、柔らかに微笑むのだった。
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