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第一部

53.告白(前編)

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「――っ」

 刹那、エリスは文字通り放心した。
 アレクシスの言葉が、全く予期せぬものだったからだ。

(殿下が……わたしを愛している? 今、そう言ったの……?)

 正直、聞き間違いだと思った。

 エリスは、流石のアレクシスでも、傷を隠していたことについては確実に怒るだろうと考えていた。
 侍女たちに責がないことだけは理解してもらわなければと、それだけで頭がいっぱいだった。

 それに、そもそもアレクシスは大の女嫌い。
 そんな彼が自分を好きになるなど有り得ない――エリスはずっとそう思いながら、この半年間を過ごしてきたのだから。

 それなのに、アレクシスの口から出たのはまさかの愛の告白で。
 そんな状況に、驚くなと言う方が無理な話だ。

 茫然とするエリスに、アレクシスは更に続ける。

「俺は、君の正直な気持ちが聞きたい。嫌なら嫌と言ってくれて構わない。君は俺を『許す』と言ったが、それが『俺を好いている』という意味ではないことくらい理解しているつもりだ。だから、君が俺を拒否するならば、俺はこの先、君への気持ちを胸に秘めておくと決めている。それによって、君に不利益になるようなことはないと、約束する」
「…………」

 アレクシスの真剣な表情。
 期待と不安の入り混じった、乞う様な眼差し。

 その視線に、エリスは悟らざるを得なかった。

 今の言葉は紛れもなく彼の本心なのだと。
 そこに、嘘偽りはないのだと。

 そもそも、自分がアレクシスに媚びるならばいざ知らず、アレクシスが自分に嘘をつく必要など一つだってないのだから。


(つまり殿下は……本気で、私を……?)

「……っ」

 それを自覚した途端、エリスはぶわっと全身が熱くなるのを感じた。

 いったい自分のどこを好きになったのだろう。いつから思ってくれていたのだろう。
 花をプレゼントしてくれるようになった頃からだろうか。それとも、もっと前からだろうか。

 ああ、ということは、今日川でアレクシスがリアムに見せたあの態度は、本当にただの牽制だったということだろうか。

『俺の妃だ』『気やすく触れていい女ではない』と言い放ったアレは、彼の独占欲の表れだったと……そう考えていいのだろうか。

(そんな……でも、だって……)

 ならば、馬車の中で自分が何か言いかけたとき、アレクシスが言葉を遮ったのはいったいどうしてなのだろう。
 自分を腕に抱えて下ろさなかったのは、素足だったからだと説明された。でもそれは、アレクシスがずっと不機嫌だった理由の説明にはなっていなかった。

 だからエリスは、アレクシスから『他に何かあるなら言ってみろ』と言われ、悩んだのだ。
 これは聞いてもいい内容なのだろうかと。

 それがどうしても気になってしょうがなくなったエリスは、おずおずと口を開く。

「あの……殿下。一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「ああ、勿論だ」
「殿下は先ほど、わたくしを腕に抱えて下ろさなかったのは、わたくしが素足だったからだと、ご説明くださいましたが……」
「ああ。それがどうした?」
「では、わたくしが馬車の中で話しかけた際、どうして言葉を遮られたのですか? わたくしに怒っていなかったというなら、どうして……」
「――!」

 刹那、アレクシスはハッと瞳を見開いた。
 確かにエリスの言う通り、説明不足だったことに気付いたからだ。

 ――否。実際は説明不足などではなく、意図的に省いたと言った方が正しいだろうが。

 アレクシスはやや瞼を伏せ、躊躇いがちに唇を開ける。

「それは……俺が恐れたからだ。君に拒絶されることを、恐れたから」

 アレクシスは、言いにくそうに言葉を続ける。

「俺は先ほど君に伝えたな。『君が俺を拒否するならば、俺はこの先、君への気持ちを胸に秘めておくと決めている』と」
「……はい」
「俺は君が、川での俺の態度を見て、俺の気持ちに気付いたはずだと思ったんだ。だから馬車で君に話しかけられたとき、それについて言及されるのだろうと思い込んでしまった。つまり俺は、あの場で君に振られるのが嫌で、君の言葉を遮ってしまったんだ。今思えば、とても大人げない行動だったと反省している。……本当に、すまなかった」
「……!」

 申し訳なさそうに眉を寄せ、それでも、自分を真っすぐに見据えるアレクシスの眼差し。
 そこに潜む確かに熱情に、エリスは息をするのも忘れてしまいそうになった。

 傷の手当てのために掴まれたままの腕が――熱い。
 初夜のときとはまるで正反対の、熱を帯びた力強い瞳に、少しも目が逸らせなくなる。

「あっ……の……、わたくし……」

 ああ、こういうとき、いったい何と答えるのが正解なのだろう。

 ユリウスのときはどうしていただろうか。

『君が好きだ、エリス』と言って、額に唇を落とすユリウスに、『わたくしもです、殿下』と、返したとき、いったい何を考えていただろうか。

 ときめきは確かに存在していた。
 ユリウスを愛しいと、そう思う感情は間違いなくあった。

 けれど今の様に、喉元が締め付けられるような息苦しさを感じたことは、一度だってない。
 
(どうして……? あの頃はこんな気持ちにならなかったのに。こんな……、こんな風に胸がつかえることなんて、一度だってなかったわ)

 ユリウスを前にすると、いつだって安心できた。彼の優しい笑顔は、傷付いた心を癒やしてくれた。

 でもアレクシスは違う。
 今こうして改めてアレクシスに見つめられ、生じた感情。
 それは恐れこそないものの、強い緊張と、何かが腹の底からせり上がってくるような息苦しさ。それから、妙な動悸。
 どちらかと言えばネガティブなものだ。

 なら彼が嫌いなのかと聞かれれば、答えはノーで。
『愛している』と言われて、嬉しくないかと問われれば、その答えは『嬉しい』という一択しかなくて。

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