ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

夕凪ゆな@コミカライズ連載中

文字の大きさ
上 下
51 / 150
第一部

51.傷痕(後編)

しおりを挟む

 確かに川での自分の行動を思い返すと、そう思われても仕方のない言動をしていたかもしれない。
 ならば一先ず、誤解は解いておいた方がいいだろう。

「エリス、まず言っておく。俺は君とリアムの仲を疑ってはいない。俺は君が不貞を働くような女性だとは思っていないし、そもそもあいつ――リアムは俺の古い友人で、今日俺は君と会う前に、リアムと会う約束をしていたんだ。まあ実際は、川に落ちた子供を救出していたからか、待ち合わせ場所には現れなかったが」
「……!」
「つまり、俺は君が、俺との約束を破ってリアムと祭りを回ろうとしていたなどとは少しも思っていない。――のだが、これでその誤解は解けたか?」
「……っ、で……でも……、だったら、どうして殿下はずっと……」
「ずっと……何だ?」
「ずっと、怒っていらしたでしょう?」
「……!」

 エリスは声を震わせて、それでも、必死に訴える。

「わたくしは、殿下がわたくしとリアム様の仲をお疑いになっていて、だからずっとご機嫌が悪いのだと思っていたのです。馬車の中でも、部屋に戻るまでもずっと、殿下はわたくしをお放しにならなかった。わたくしはそれを、『罰を与えるために逃がさないようにする』ためだと思っておりましたのに……」
「――!? なぜそうなる!? 俺はそんなに非道な男に見えるのか!? ……いや、見えるか。……見えるんだろうな……」

 これは他にも色々と誤解されていそうだ。
 一刻も早く食い違った部分を洗い出し、誤解を解かなければ。

「俺が馬車の中でも、宮でも君を下ろさなかったのは、君が素足だったからだ。まさか裸足で歩かせるわけにはいかないだろう」

 アレクシスは冷静に説明する。
 すると、エリスは驚きに顔を染めた。

「……え? それだけ、ですの……?」
「まぁ、他にも理由は色々あるが。水に浸かった君の身体をあれ以上冷やさないようにという目的もあったし、俺が運んだ方が速いという理由も。――とにかく、俺は君に怒っていない。確かにリアムが君の肩を抱いているのを見たときは頭に血が昇ったが、妻のあんな場面を目撃して、平気でいられる方がおかしいと思わないか?」
「……そ……そう、ですわよね」
「いや別に、君を責めているわけじゃないんだが」
「……はい、それは、理解しました」

 頷きつつも、はやりどこか腑に落ちない様子のエリスに、アレクシスの心には漠然とした不安が残った。

(本当に理解しているのか?)

 と、そんな風に思ってしまう。

 だがこれらは全て自分が蒔いた種である。自分がどこまでも言葉足らずな上、エリスの話を遮ってしまったが故に生まれた誤解。
 ならば、ここで一つずつ解いていくしかない。

「エリス。他にも何かあるなら言ってみろ。今度はちゃんと聞く」

 アレクシスがそう伝えると、エリスは再び驚いた顔をして、少しの間考え込む。

 アレクシスはその横顔に『時間がかかりそうだな』と判断し、腕の手当てを終えてしまおうとドレスの袖を大きくまくし上げた――そのときだ。

「――!」

 治療対象の二の腕の傷よりも少し上に、赤い何かが覗いた気がして、アレクシスは大きく眉をひそめた。
 侍女の報告ではこの位置に傷はなかったはずだが――そう思いながら、袖を更に上へと捲り上げる。

 するとそこにあったのは――。


「……なぜだ。どうして、君の肩に火傷の痕これがある……?」


 ――明らかに今日できたものでない、火傷の古傷だったのである。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

愛されない花嫁はいなくなりました。

豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。 侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。 ……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。

もういいです、離婚しましょう。

うみか
恋愛
そうですか、あなたはその人を愛しているのですね。 もういいです、離婚しましょう。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

彼が愛した王女はもういない

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
シュリは子供の頃からずっと、年上のカイゼルに片想いをしてきた。彼はいつも優しく、まるで宝物のように大切にしてくれた。ただ、シュリの想いには応えてくれず、「もう少し大きくなったらな」と、はぐらかした。月日は流れ、シュリは大人になった。ようやく彼と結ばれる身体になれたと喜んだのも束の間、騎士になっていた彼は護衛を務めていた王女に恋をしていた。シュリは胸を痛めたが、彼の幸せを優先しようと、何も言わずに去る事に決めた。 どちらも叶わない恋をした――はずだった。 ※関連作がありますが、これのみで読めます。 ※全11話です。

処理中です...