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第一部
51.傷痕(後編)
しおりを挟む確かに川での自分の行動を思い返すと、そう思われても仕方のない言動をしていたかもしれない。
ならば一先ず、誤解は解いておいた方がいいだろう。
「エリス、まず言っておく。俺は君とリアムの仲を疑ってはいない。俺は君が不貞を働くような女性だとは思っていないし、そもそもあいつ――リアムは俺の古い友人で、今日俺は君と会う前に、リアムと会う約束をしていたんだ。まあ実際は、川に落ちた子供を救出していたからか、待ち合わせ場所には現れなかったが」
「……!」
「つまり、俺は君が、俺との約束を破ってリアムと祭りを回ろうとしていたなどとは少しも思っていない。――のだが、これでその誤解は解けたか?」
「……っ、で……でも……、だったら、どうして殿下はずっと……」
「ずっと……何だ?」
「ずっと、怒っていらしたでしょう?」
「……!」
エリスは声を震わせて、それでも、必死に訴える。
「わたくしは、殿下がわたくしとリアム様の仲をお疑いになっていて、だからずっとご機嫌が悪いのだと思っていたのです。馬車の中でも、部屋に戻るまでもずっと、殿下はわたくしをお放しにならなかった。わたくしはそれを、『罰を与えるために逃がさないようにする』ためだと思っておりましたのに……」
「――!? なぜそうなる!? 俺はそんなに非道な男に見えるのか!? ……いや、見えるか。……見えるんだろうな……」
これは他にも色々と誤解されていそうだ。
一刻も早く食い違った部分を洗い出し、誤解を解かなければ。
「俺が馬車の中でも、宮でも君を下ろさなかったのは、君が素足だったからだ。まさか裸足で歩かせるわけにはいかないだろう」
アレクシスは冷静に説明する。
すると、エリスは驚きに顔を染めた。
「……え? それだけ、ですの……?」
「まぁ、他にも理由は色々あるが。水に浸かった君の身体をあれ以上冷やさないようにという目的もあったし、俺が運んだ方が速いという理由も。――とにかく、俺は君に怒っていない。確かにリアムが君の肩を抱いているのを見たときは頭に血が昇ったが、妻のあんな場面を目撃して、平気でいられる方がおかしいと思わないか?」
「……そ……そう、ですわよね」
「いや別に、君を責めているわけじゃないんだが」
「……はい、それは、理解しました」
頷きつつも、はやりどこか腑に落ちない様子のエリスに、アレクシスの心には漠然とした不安が残った。
(本当に理解しているのか?)
と、そんな風に思ってしまう。
だがこれらは全て自分が蒔いた種である。自分がどこまでも言葉足らずな上、エリスの話を遮ってしまったが故に生まれた誤解。
ならば、ここで一つずつ解いていくしかない。
「エリス。他にも何かあるなら言ってみろ。今度はちゃんと聞く」
アレクシスがそう伝えると、エリスは再び驚いた顔をして、少しの間考え込む。
アレクシスはその横顔に『時間がかかりそうだな』と判断し、腕の手当てを終えてしまおうとドレスの袖を大きく捲し上げた――そのときだ。
「――!」
治療対象の二の腕の傷よりも少し上に、赤い何かが覗いた気がして、アレクシスは大きく眉をひそめた。
侍女の報告ではこの位置に傷はなかったはずだが――そう思いながら、袖を更に上へと捲り上げる。
するとそこにあったのは――。
「……なぜだ。どうして、君の肩に火傷の痕がある……?」
――明らかに今日できたものでない、火傷の古傷だったのである。
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