46 / 151
第一部
46.嫉妬と牽制(前編)
しおりを挟む同じ頃、アレクシスはまさに苛立ちの絶頂にいた。
待ち合わせ時刻はすっかり過ぎたというのに、相手がいつまで経っても現れないからである。
(なぜ、来ない……?)
広場南側の大通りから道を二本ほど入った奥まった路地。
祭りの喧騒から離れた人気の少ないその裏通りに、アレクシスは二十分も前から立っていた。
パレードの後処理やその他もろもろの雑務を全てセドリックに任せ、約束の時間である十三時きっかりに、指定されたこの場所にやってきたのだ。
それなのに、待ち合わせているはずの相手は一向に姿を現さない。
その事実に、アレクシスは苛立ちと焦りを滲ませて呟く。
「リアムの奴、どういうつもりだ」と。
――そう。アレクシスの待ち合わせの相手とは、たった今エリスと共に川で救助活動を行っている、リアム・ルクレールだった。
リアム・ルクレール――アレクシスの中等部からの旧友で、昔はそれなりに親しくしていた男。
侯爵家の嫡男でありながら決して驕り高ぶらず、誰に対しても礼儀正しく、困っている者がいれば迷わず手を差し伸べるような、心根の優しいリアム。
少し頼りないところもあったが、アレクシスはリアムの人柄を好ましく思っていたし、リアムの方もアレクシスを皇子として、友として慕い、支えてくれていた。
だがその関係は、二年前の事件をきっかけに壊れてしまった。
アレクシスが、リアムの妹・オリビアに怪我を負わせてしまったからだ。
アレクシスからしたらそれは事故だったが、けれど、リアムはそうは思わなかったのだろう。
大切な妹が傷付けられたことに激怒したリアムは、アレクシスに、責任を取ってオリビアと結婚するよう迫ってきた。
だが皇子の結婚はそのような簡単なものではないし、そもそも、アレクシスはオリビアを苦手としており、結婚など到底考えられなかった。
だからアレクシスは『皇子と結婚できるのは王女だけだと、お前も知っているだろう』とリアムを諌め、距離を置いたのだ。
だがその後もリアムからは何度も手紙が届き、けれどそれを無視しているうちに、リアムはオリビアと共に領地に引き下がってしまった。
それから早二年。二人は一度も顔を合わせていない。
それにここ一年は手紙がぱったりと止んでいたこともあり、アレクシスはリアムのことを殆ど思い出さない日々を送っていた。
だが、そのリアムが今になって戻ってきた。エリスと結婚した、このタイミングで。
となると、目的は一つしか考えられないではないか。
(リアムは再び俺に、オリビアとの結婚を迫ってくるはず。――だからこちらから先手を打ったというのに、どうしてあいつは現れない? 俺と話をつけるために戻ってきたんじゃなかったのか?)
アレクシスは思考を巡らせながらも、裏路地から出て大通りへ足を向ける。
これ以上待っても無駄だろうと、そう判断したからだ。
すると通りに出たところで、何やら辺りが騒がしいことに気付く。
衛兵たちが橋の方に集まっているようだ。
いったい何事だろうか、アレクシスは走りゆく兵を呼び止め報告を求める。
すると兵はこのように説明した。
「川に落ちた二人の子供を救おうと、ご婦人が飛び込んでしまわれて。それを追いかけて、リアム・ルクレール中尉も川に」と。
それを聞いたアレクシスは、ハッと目を見開いた。
リアムが待ち合わせ場所に現れなかったのは、このせいだったのか、と。
(あいつ、昔から正義感だけは誰よりも強かったからな)
なるほど。こういう事情であるならば致し方ない。
話し合いの機会はまた作るとして、今は川に落ちた子供たちの救助である。
アレクシスは兵と共に、急ぎ現場の橋へと向かった。
けれどアレクシスが着いたときには、既に救助は終わったあとだった。
388
お気に入りに追加
1,526
あなたにおすすめの小説
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します
矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜
言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。
お互いに気持ちは同じだと信じていたから。
それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。
『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』
サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。
愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
あなたと別れて、この子を生みました
キムラましゅろう
恋愛
約二年前、ジュリアは恋人だったクリスと別れた後、たった一人で息子のリューイを生んで育てていた。
クリスとは二度と会わないように生まれ育った王都を捨て地方でドリア屋を営んでいたジュリアだが、偶然にも最愛の息子リューイの父親であるクリスと再会してしまう。
自分にそっくりのリューイを見て、自分の息子ではないかというクリスにジュリアは言い放つ。
この子は私一人で生んだ私一人の子だと。
ジュリアとクリスの過去に何があったのか。
子は鎹となり得るのか。
完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。
⚠️ご注意⚠️
作者は元サヤハピエン主義です。
え?コイツと元サヤ……?と思われた方は回れ右をよろしくお願い申し上げます。
誤字脱字、最初に謝っておきます。
申し訳ございませぬ< (_"_) >ペコリ
小説家になろうさんにも時差投稿します。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる