42 / 142
第一部
42.建国祭と迷子の子ども(後編)
しおりを挟む◇
それから約一時間後、エリスは帝都中央広場の北門付近で、アレクシスを待っていた。
第二皇子による民衆へのスピーチも終わり、帝国祭開始の宣言が成された今、辺りはお祭りムード一色である。
街全体が花々で彩られ、道にも広場にも沢山の出店が立ち並ぶ。
右を見れば、サンドウィッチやソーセージ、ラムネやエール、シロップ漬けの果物などの飲食店が。
左を見れば、花やアクセサリー、絵画やアンティークの食器まで、ありとあらゆるお店が並んでいた。
広場中央の噴水では、子供たちがきゃあきゃあと無邪気に水遊びをしたり、シャボン玉を飛ばしたり。
行き交う人々は皆笑顔で、貴族も平民も、家族連れもカップルも、別け隔てなく祭りを楽しむその様子を見ていると、それだけで幸せな気分になってくる。
(マリアンヌ様に聞いてはいたけれど、本当にお店がたくさん。これ、一日で回れるのかしら)
――何を隠そう、エリスはお祭りというものが初めてだった。
祖国でもこういった祭りはあったのだが、それはあくまで平民が楽しむもので、まして貴族令嬢が参加するなど言語道断――という文化であったため、一度も楽しんだことがないのである。
(確か、三日目の夜には花火が打ち上げられるって言ってたわよね。宮のテラスから見えるかしら)
エリスはそんなことを考えて、ひとり顔を綻ばせる。
――すると、そんなときだった。
エリスが、迷子らしき少年を見つけたのは。
明らかに人を探しているという風に、広場の中を右往左往する少年。
歳は十に届かないくらいか。裕福な家の出なのだろう、それなりにいい身なりをしている。
そんな彼に、大人たちは時折立ち止まり声をかけるのだったが、皆一言、二言言葉を交わすと、困惑気な顔をして立ち去ってしまう。
その様子を見て「もしや」と思ったエリスが少年に近づくと、彼が話していたのは帝国語ではなく、ランデル王国の言葉だった。
(やっぱり、言葉が通じないのね。帝国内でランデル語を話せる人は殆どいないだろうし、わたしが助けてあげなくちゃ)
ランデル王国は隣国とはいえ、帝国から見れば小国だ。
そのため帝国民でランデル語を扱えるのは、王侯貴族を除けば、貿易商か外交官くらいのものである。
そもそも、この大陸の公用語は帝国語であり、帝国民は帝国語さえ話せれば事足りる。
ランデル語に関わらず、貴族でもなければ、他国の言語を理解できる必要はないのだ。
だがエリスは、自身の祖国が小国であることと、なおかつ王子の婚約者だったということもあり、母国語、帝国語のみならず、繋がりのある国の言葉をほとんどマスターしていた。
それに、ランデル王国はシオンの留学先。話せないのはあまりにも不都合が大きかった。
目の前の状況を見過ごせないと考えたエリスは、少年に近づき声をかける。
『誰を探しているの? 親御さん?』
すると少年は、エリスの流れるようなランデル語を聞き、驚きに目を見開いた。
『言葉が、わかるのか?』
『ええ。わたしの弟が、ランデル王国に住んでいるから。それで、誰を探しているの?』
『妹。シーラっていうんだ。今……七歳で……。さっきまで側にいたのに、気付いたらいなくなってて……』
『そう。はぐれてからどのくらい経つ?』
『十分くらい。……どうしよう、俺、母さんから頼まれてたのに……』
『…………』
言葉の通じる相手が現れたことで安心したのだろうか。
少年は今にも泣きだしそうに顔を歪め、けれどそれを堪えるように、ぐっと奥歯を噛みしめる。
その表情に、エリスはいよいよ放っておけなくなった。
事情はよくわからないが、何とか妹を見つけてあげなければ、と。
『大丈夫。絶対に見つかるわ。まずは本部に行って、妹さんの特徴を伝えましょう。警備の人たちに探してもらえば、すぐに見つけてくれる。帝国の軍人さんはとっても優秀なのよ。それに、わたしも一緒に探すから。――ね?』
時計塔の時刻は午後一時を回った頃。
アレクシスとの待ち合わせは二時だから、まだ一時間近くある。
それに、本部は今いる場所とは反対側にあるとはいえ、広場の内側だ。
つまり、アレクシスの「広場から出るな」という言い付けを破ることにはならない。
もし万が一待ち合わせに遅れそうになっても、本部に待機している軍の誰かに言付けてもらえば大丈夫だろう。
エリスは少年を安心させようと、目いっぱいに微笑んだ。
『さあ、一緒に妹さんを探しましょう』
その言葉に、こくりと頷く少年。
こうして二人は、南門の本部へと歩いて向かった。
319
お気に入りに追加
1,531
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。
蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。
「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」
王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。
形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。
お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。
しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。
純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。
※小説家になろう様にも掲載しています。
大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。
でも貴方は私を嫌っています。
だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。
貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。
貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
あなたへの恋心を消し去りました
鍋
恋愛
私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。
私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。
だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。
今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。
彼は心は自由でいたい言っていた。
その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。
友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。
だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※短いお話でサクサクと進めたいと思います。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。
鍋
恋愛
男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。
実家を出てやっと手に入れた静かな日々。
そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。
※このお話は極端なざまぁは無いです。
※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。
※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。
※SSから短編になりました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。
一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。
そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる