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第一部
36.アレクシスの憂鬱(後編)
しおりを挟むあの日から早一月。
朝夕毎日顔を会わせ、食事をし、セドリックの助言で花を贈ってみたりはしているものの、それ以上踏み込む勇気もなく、きっかけもなく、時間だけがずるずると過ぎてゆく。
そんなアレクシスの状況を、セドリックは内心歯がゆく思っていた。
極度の女性嫌いのアレクシスが、"初恋のエリス"以外に初めて女性に興味を持ったのだ。
しかもそれが妻となれば、上手くいくに越したことはない。
友人として、臣下として、セドリックがそう考えるのは自然なことだった。
「殿下がシオン様を帝国に招き、その上学費まで出すとなれば、エリス様は間違いなく喜んでくださいますよ」
とは言え、シオン本人が喜ぶかどうかは全く不明だが――と心の中で付け加えながら、セドリックはアレクシスに書類の束を差し出す。
主人の恋路は大いに気になるところだが、そろそろ仕事に戻ってもらわなければならない。
「ところで殿下、こちら頼まれていた建国祭当日の皇族方の移動ルートと、警備担当者の名簿リストです。ご確認を」
「ああ、そうだったな。まったく、舞踏会が済んだと思ったら次は建国祭か。毎年のこととはいえ面倒なことだ」
アレクシスは書類を受け取ると、煩わしげな顔で、それでも順に目を通していく。
――が、半分ほどチェックしたところで、なぜか手を止めてしまった。
「殿下?」
何か問題でもあったのだろうか。
そう思ってアレクシスの手元を覗き込むと、そこにはよく知った名前があり――。
(リアム・ルクレール? ――あっ)
その男性名を見た瞬間、セドリックの脳裏に過ったのは一人の少女だった。
その少女とは、オリビア・ルクレール、齢十七歳。ルクレール侯爵家の長女で、中等部のころから付き合いのある、長男リアムの妹だ。
アレクシスは昔から彼女に慕われているのだが、オリビアはとても押しが強く、けれど身体が弱いためにどうも強く出られない――言うなれば、アレクシスの天敵である。
確か彼女はリアムに付き添われ、療養のためにここ二年ほど領地に引き籠っていたはずだが、リアムが軍に復帰したということはオリビアも帝都にいるのだろう。
「殿下……あの……」
「……戻っていたのか、オリビア」
「――っ」
ボソッと呟かれた声の低さに、セドリックはハッと息を呑む。
恐る恐る顔を覗き込むと、アレクシスの顔色は病的に蒼い。
(ああ、やはり殿下の女性嫌いは健在か。エリス様が平気なら、あるいは、と思ったが……)
セドリックは、主人の放つどんよりとしたオーラに、やれやれと肩をすぼめながら、窓の向こうの遠い空を見上げるのだった。
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