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第一部
28.シオンとの再会(後編)
しおりを挟むエリスは、いつの間にか自分の頬を撫でていたシオンの手に、己の手のひらをそっと重ねる。
「本当にごめんなさい。わたし、シオンの気持ちを少しも考えてあげられていなかった」
「……っ」
――月明りだけが二人を照らす暗い庭園で、エリスはシオンを見つめ返す。
いつの間にか、ジークフリートの姿はなくなっていた。
「姉さん、僕にちゃんと説明してくれる? どうして姉さんが帝国に嫁ぐことになったのか。ユリウス殿下との婚約はどうしたの?」
「……それは」
「まさか……捨てられたの?」
「――っ」
あまりにもあっさりと言い当てられ、エリスはびくりと肩を震わせる。
するとシオンは図星だと悟ったのだろう。
目じりをギッと釣り上げ、唸るように声を上げた。
「あの男……殺してやる」
「――!」
殺意に満ちた弟の表情に、エリスは顔を青ざめる。
「ち、違うの……! 違うのよ! ちょっと誤解があっただけ。ユリウス殿下は何も……何も、悪くないのよ」
本当は何もなかったなんて嘘だ。
ちょっと誤解があっただけ? ――そんなはずはない。
だが、エリスはシオンに、ユリウスに悪い感情を抱いてほしくないと思っていた。
シオンはウィンザー公爵家の正当な後継者だ。いつか必ず爵位を継ぎ、ユリウスの臣下として務めなければならない日が来る。
だから、濡れ衣で婚約破棄されたなどと、伝えるわけにはいかなかった。
「本当に何もないの。あなたは何も気にしなくていいのよ」
エリスは必死に誤魔化そうとする。
けれど、シオンにそんな嘘は通じない。
「やめてよ姉さん。僕はもう子供じゃないんだ。そんな言葉に騙されたりしない」
「――っ」
「何もないなら、どうして嫁ぎ先が帝国の第三皇子なんだ? 僕だってアレクシス殿下の噂くらい知ってるよ。事実かどうかは別として、どれもゾッとするような内容だ」
「――! そんな……、殿下はそんな方じゃ……!」
「本当に? 確かに僕は殿下のことを何も知らないけど、火のないところに煙は立たないって昔から言うだろう? 姉さんは僕を心配させまいとしてそんなことを言うのかもしれないけど、そういう態度を取られると、逆に疑いたくなるんだよ」
「……シオン」
エリスを見つめるシオンの顔が、泣き出しそうに歪む。
「僕は姉さんが大切なんだ。僕の家族は姉さんだけなんだ。姉さんをこんな場所に送り込んだ祖国のことなんてどうだっていい。公爵位にだって興味はない。そもそも、僕が今までランデル王国で大人しくしていたのはどうしてだと思う? それが姉さんの為になると思ったからだ。卒業したらすぐに爵位を継げるように――それまではあの愚かな父親を油断させておく必要があったから。……なのに」
シオンの両腕が、再びエリスを抱きしめる。
強く、強く――その腕の力に、エリスは息をするのも忘れてしまいそうになった。
「ユリウス殿下を信じた僕が馬鹿だった。こんなことになるのなら、もっと早く攫っておくべきだったんだ」
「……え?」
(攫う……って、どういう意味?)
シオンの言葉の意味がわからず、エリスは困惑する。
そんなエリスの耳元で、シオンはそっと囁いた。
「ごめんね、姉さん。少しだけ眠っていてくれる?」
「――っ」
その声と同時に、鼻と口を湿った布で塞がれる。
そしてエリスは、あっという間に意識を失ったのだった。
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