26 / 151
第一部
26.ランデル王国の王太子(後編)
しおりを挟む(ランデル王国の王族が、わたしにいったい何の用かしら。年齢的には、一番上の王子よね)
エリスは脳内で、事前に頭に叩き込んでおいた諸外国の要人リストをパラパラとめくり始める。
そして該当人物の名前を探し当てると、にこりと微笑んだ。
「わたくしに何か御用でしょうか、ジークフリート王太子殿下」
――ランデル王国が王太子、ジークフリート・フォン・ランデル。
彼は王太子でありながら、殆ど表舞台に出てこない謎多き王子として有名だ。
(そんな王子が、どうしてわたしに話しかけてくるの?)
エリスはただただ不思議に思う。
自分とランデル王国の繋がりは、弟のシオンが留学していることくらいなのに、と。
だがエリスがそう思ったのも束の間、ジークフリートが口にしたのは、まさかの弟の名前だった。
「シオンがあなたに会いに来ているんです。たった今、この会場の外に――」と。
「……え?」
それはあまりに予想外の内容で、エリスは茫然としてしまった。
この場で出るはずのない、シオンという名前に。
たった一人の大切な弟の名が、ジークフリートの口から出たことに。
「どう、して……?」
正直、わけがわからなかった。
そもそもエリスはシオンに対し、帝国に嫁いだことすら伝えていないのだ。
ユリウスから婚約破棄された挙句、帝国に嫁ぐことになったなどと伝えたら、絶対に心配をかけてしまう。
シオンには心配をかけたくない。たった一人祖国を離れ、苦労している弟をこれ以上苦しめたくない。
そう考えたエリスは、シオンに何一つ伝えず帝国に輿入れした。
そしてその後は、一度も手紙を出していない。
出そうと思ったことはあるのだが、皇族宛の手紙には全て宮内府の検閲が入ると聞いて、やめてしまった。
それなのにジークフリートは、今ここにシオンがいるという。
ランデル王国から馬車で十日もかかるこの地に、自分に会うために来ていると――そう言ったのだ。
驚きのあまり声を出せないでいるエリスに、ジークフリートはゆっくりと右手を差し出す。
「彼に会いませんか? 僕がお供しますよ」
「……っ」
「大丈夫。王宮の外には出ませんから」
「……でも」
「夫のことが、気になりますか?」
「――ッ」
ハッとするエリスに、ジークフリートはにこりと微笑む。
「ですが、殿下と共に会うのはおすすめしません。シオンは今とても気が立っていますから、殿下の顔を見ようものなら真っ先に殴り掛かかってしまうでしょう」
「殴りかかる? あの、優しいシオンが?」
「正直言うと、彼がどんな人間であるか僕は知らないのです。けれど僕の弟の言葉を借りるなら、『姉の結婚の記事を目にしたときからずっとイライラしている』と。それにここだけの話、彼は毎晩ベッドの中で泣いているんだそうですよ。そのせいで彼と同室の生徒がノイローゼになって困っていると、監督生の弟に相談されまして。おかげで僕が彼を連れて、こうして遠路はるばる足を運ぶことになったというわけです」
「……っ」
「だから僕の為にも、彼に会ってやっていただけませんか? エリス皇子妃殿下」
エリスを見つめる、ジークフリートの強い眼差し。
本当かどうか判断しようのない内容だが、無視するわけにはいかない。
エリスはひとり、心を決める。
彼女は小さく頷いて、ジークフリートの手を取ると会場を抜け出した。
445
お気に入りに追加
1,527
あなたにおすすめの小説

【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
あなたと別れて、この子を生みました
キムラましゅろう
恋愛
約二年前、ジュリアは恋人だったクリスと別れた後、たった一人で息子のリューイを生んで育てていた。
クリスとは二度と会わないように生まれ育った王都を捨て地方でドリア屋を営んでいたジュリアだが、偶然にも最愛の息子リューイの父親であるクリスと再会してしまう。
自分にそっくりのリューイを見て、自分の息子ではないかというクリスにジュリアは言い放つ。
この子は私一人で生んだ私一人の子だと。
ジュリアとクリスの過去に何があったのか。
子は鎹となり得るのか。
完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。
⚠️ご注意⚠️
作者は元サヤハピエン主義です。
え?コイツと元サヤ……?と思われた方は回れ右をよろしくお願い申し上げます。
誤字脱字、最初に謝っておきます。
申し訳ございませぬ< (_"_) >ペコリ
小説家になろうさんにも時差投稿します。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。

【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!
あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します
矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜
言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。
お互いに気持ちは同じだと信じていたから。
それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。
『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』
サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。
愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる