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第一部

25.ランデル王国の王太子(前編)

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 それから約三十分が経ったころ、エリスはマリアンヌと会場隅のソファに腰かけ、和やかに談笑していた。

 話題は先ほどのダンスについてである。


「わたくし、びっくりしっちゃったわ……! アレクお兄さまがあんなに楽しそうに踊るなんて! 去年まではわたくしのペアはお兄さまだったのだけど、いつもどこかそっぽを向いているし、本当につまらなそうで。それなのに先ほどのお兄さまったら……! お二人は本当に仲がいいのね、羨ましいわ」
「そう仰っていただけるとほっとしますわ。実は、ここのところ殿下はとてもお忙しくて、ダンスの練習ができなかったものですから」
「まぁ! だからお兄さまったら最初あんなにりきんでいらっしゃったのね。お二人の距離があまりに近くて、わたくし本当にドキドキしてしまったのよ。会場の誰もが驚いたんじゃないかしら。女性嫌いのお兄さまが、あんなに正面からエリス様を見つめておられて……」
「…………」

 マリアンヌの言葉に、エリスは先ほどのことを思い出す。

 これから踊るという大事な場面で、ホールの中央で立ち尽くしてしまった自分。
 けれどそんな自分を、アレクシスはフォローしてくれた。

 方法はかなり力技なものだったけれど、そのおかげで中盤以降、彼女はいつもの自分を取り戻し自力で踊ることができたのだ。

 もともとダンスの得意だった彼女は、アレクシスとの体格差を思わせることなく見事なステップを披露し、無事にフィニッシュ。

 アレクシスからも「何だ。踊れるじゃないか」とお褒めの言葉(?)を授かり、今に至る。


(とにかく、無事に終わってよかったわ)

 ダンスの前はあれだけ恐ろしかったこの舞踏会場も、今は少しも怖くない。

 その理由はきっと、アレクシスが「踊れなくても問題ない」と本気で言ってくれたからだ。
 呆れるでもなく、慰めるでもなく、ただ「問題ない」と――その一言に、エリスの心は救われた。


(でも、『俺を誰だと思ってる。帝国最強の男だぞ』って……あの台詞には本当に驚いたわ)

 そのときのアレクシスを思い出すと、不覚にもときめいてしまう。

 “帝国最強”だなんて言葉をあんなにサラッと口に出してしまえるアレクシスが、そのときのエリスにはたまらなく眩しく映ったのだ。


(殿下には、あとできちんとお礼を言わなくちゃ)

 アレクシスはダンスが終わってすぐ、軍人と思われる誰かに声をかけられどこかへ行ってしまった。
 その為エリスは、まだお礼を伝えられていないのだ。

 感謝の言葉は、帰りの馬車の中で伝えよう――そう心に決めて、エリスはマリアンヌとのお喋りを再開する。

 すると、そんなときだ。

 マリアンヌが「お花を摘みにいってきますわね」と席を立ったそのすぐ後、エリスは一人の男から声をかけられた。


「失礼ですが、エリス皇子妃殿下でいらっしゃいますか?」

「……?」

 聞き覚えのない声に顔を上げると、そこに立っていたのはやはり見知らぬ男だった。

 ブルーグレーの瞳と、首の後ろで括られた銀色の長い髪。
 歳はアレクシスと同じくらいだろうか――やや中性的な顔立ちの、柔らかな雰囲気を纏った男。

 だが、エリスはすぐに相手の正体に気が付いた。
 男の美しい装束の胸元の紋章は、ランデル王国の王家の印だ。つまり、この男は王族。
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