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第一部
22.いつの間にか(後編)
しおりを挟むそのときのエリスの感情といったら、一言では言い表せない。
贈り物をされたことは嬉しいのに、「どうして言ってくれなかったのだろう。言ってくれればこんなに悩むこともなかったのに」という怒りにも似た感情が溢れ出し、それと同時に、アレクシスの「仕事だ」という言葉を信じてあげられなかった自分が心底情けなくなった。
――そして気付いたのだ。
自分がいつの間にか、アレクシスを怖いと思わなくなっていることに。
それどころか、好意を抱いていることに。
(あんなに酷い目に合わされたのに……変よね、わたし)
そもそも女性嫌いのアレクシスだ。
常に愛想は悪いし、口調も全然優しくない。ユリウスのように髪型やドレスを褒めてくれることもない。
微笑んだ顔だって、一度たりと見たことがない。
それでも、このエメラルド宮で共に過ごすうちに彼の誠実さを知った。
いいことはいい、悪いことは悪い、好きならば好きだと言うし、できなければできないとはっきり言う。
けれど、他人に何かを押し付けたり、否定したりはしない。そういう実直なところに好感を持った。
最初は怖いと思っていた、側近のセドリックと仕事の話をしているときの気難しい横顔や、指示を出すときの低く抑揚のない声も、これがこの人の「普通」なんだと知った今は何とも思わなくなった。
むしろ、感情をあまり表に出さないアレクシスのことをもっとよく知りたいと――今、この人は何を考えているのだろうかと――エリスはいつの間にかそう思うようになっていたのだ。
――そんなことを考えているうちに、出発の時間を迎えたようだ。
部屋のドアがノックされ、「準備はできたか」という声と共にアレクシスが入ってくる。
その声にエリスが振り向くと、そこには軍服姿のアレクシスが立っていた。
結婚式のときと同じ、式典用の華やかな装飾が施された黒い軍服。
式の時はよく見ていなかったけれど、こうして改めて見るとアレクシスには黒が一番似合う。
ただでさえ長い足はもっと長く見えるし、その分圧迫感は増すけれど、それ以上に凛々しさと逞しさも増している。
(……何だか、顔が熱いわ)
エリスがパッと顔を逸らすと、アレクシスは不思議そうな顔をする。
「……? どうかしたか?」
「い、いえ。何でもありませんわ。参りましょう、殿下」
「? ああ」
エリスの言葉に、アレクシスは左腕を差し出した。
その仕草に、エリスは目を見張る。
(これってエスコートよね……? 嘘、女性嫌いの殿下が……?)
エリスが困惑していると、アレクシスは不満そうに言い放つ。
「俺だってエスコートくらいはする」
「――!」
「そもそも今夜は舞踏会だぞ。離れていたらおかしいだろう」
「た……確かに、仰るとおりですわね……」
(そうよね。舞踏会で夫婦が離れていたら、変よね……)
エリスは心の中でアレクシスの言葉を復唱し、右手をそっとアレクシスの左腕に添えた。
ユリウスと比べて、腕の位置が少し高い。
その当たり前の違いに、意味もなく胸の鼓動を速めながら――エリスはアレクシスにエスコートされて、夜の王宮へと向かった。
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