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第一部
21.いつの間にか(前編)
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舞踏会当日の夕方。
エメラルド宮の私室で、エリスは侍女の手を借りて身支度をしていた。
宮内府から支給されたライムグリーンのドレスを身にまとい、アレクシスからプレゼントされたネックレスを付けたエリスは、姿見の前に立つ。
するとそこにあるのは、自分でも驚くほどに美しい女性の姿だった。
胸元を上品に飾る宝石が、自分の魅力を際立たせてくれているように思える。
「……本当に素敵」
ネックレスの眩さに、思わず溜め息が出てしまう。
この繊細なデザインを考えたのがアレクシスだと思うと、意外すぎてとても不思議な気持ちになった。
鏡をじっと見つめるエリスを、侍女たちは後ろから微笑ましそうに眺める。
「とてもお綺麗ですわね、エリス様」
「本当ですわ。ドレスも宝石もよく似合っていらっしゃる」
「殿下もたまには良いことをされますのね」
「でも時期が遅すぎですわ。もっと早くお贈りしてくだされば満点でしたのに」
「それはそうよね。あまりに遅いので心配してしまったわ。まさかお忘れになっているのかと」
侍女たちがアレクシスを非難する声を聞いたエリスは、ここ二週間のアレクシスの様子を思い出す。
二週間前から、急に帰りが遅くなったアレクシス。
それまでは朝夕食事を共にしていたのに、ある日を境に突然帰宅が真夜中を過ぎるようになった。
最初は気にしていなかったエリスだが、あまりにそれが続くのでおかしいと思い、ある朝理由を尋ねてみた。
けれどアレクシスからは「仕事だ」としか返ってこない。
朝食は変わらず共にするが、何か話を振っても上の空で反応が乏しく、口数も明らかに少ない。
それに、態度も何だか冷たいような気がする。
当然エリスは不安になった。
これは何か粗相をしてしまったのではないか。アレクシスを怒らせてしまったのではないか、と。
だが侍女たちに相談しても「きっとお疲れなのですよ」「気にすることはありませんわ」「殿下はもともとそういう方ですし」とかわされてしまう。
それも、何かを隠しているような風で。
(きっと侍女たちは理由を知っているんだわ。でもどうして教えてくれないのかしら。やっぱりわたしが原因だから?)
エリスはどんどんと不安に陥っていった。
それを表に出すことはなかったけれど、アレクシスとの距離がようやく縮まっていたと思っていた矢先のことだったから、正直落ち込んだ。
そんなある日、十日ぶりにアレクシスが「今日は早く帰る。夕食を共にとろう」と言ってくれたものだから、エリスは内心とても安堵したのだ。
避けられていると思っていたが、勘違いだったのかもしれない。きっと本当に仕事が忙しかっただけなのだ。
今夜はゆっくり食事をしてもらおう――と、マリアンヌから聞いた、アレクシスの好物のミートパイを手ずから焼いた。
だがその日の夕方、アレクシスから届いた報せには、「今夜も遅くなる」という短い一言。
その報せを読んだエリスは、気付けば手紙をぐしゃりと握りつぶしていた。
自分でもどうしてそんなことをしたのかわからない。
けれど、酷く裏切られたような気分になったのだ。
(こうなったら、帰るまで待っててやるんだから)
意地になったエリスは、食堂で二時間待ち続けた。
アレクシスが帰ってきたら、どれだけ待たされても笑顔で出迎える健気な淑女を演じるのだ、と心に決めて。
だが、ようやく帰宅したアレクシスがエリスの前に差し出したのは、このネックレス。
アレクシスの帰りが遅かったのは、ネックレスを用意していたからだったのだ。
エメラルド宮の私室で、エリスは侍女の手を借りて身支度をしていた。
宮内府から支給されたライムグリーンのドレスを身にまとい、アレクシスからプレゼントされたネックレスを付けたエリスは、姿見の前に立つ。
するとそこにあるのは、自分でも驚くほどに美しい女性の姿だった。
胸元を上品に飾る宝石が、自分の魅力を際立たせてくれているように思える。
「……本当に素敵」
ネックレスの眩さに、思わず溜め息が出てしまう。
この繊細なデザインを考えたのがアレクシスだと思うと、意外すぎてとても不思議な気持ちになった。
鏡をじっと見つめるエリスを、侍女たちは後ろから微笑ましそうに眺める。
「とてもお綺麗ですわね、エリス様」
「本当ですわ。ドレスも宝石もよく似合っていらっしゃる」
「殿下もたまには良いことをされますのね」
「でも時期が遅すぎですわ。もっと早くお贈りしてくだされば満点でしたのに」
「それはそうよね。あまりに遅いので心配してしまったわ。まさかお忘れになっているのかと」
侍女たちがアレクシスを非難する声を聞いたエリスは、ここ二週間のアレクシスの様子を思い出す。
二週間前から、急に帰りが遅くなったアレクシス。
それまでは朝夕食事を共にしていたのに、ある日を境に突然帰宅が真夜中を過ぎるようになった。
最初は気にしていなかったエリスだが、あまりにそれが続くのでおかしいと思い、ある朝理由を尋ねてみた。
けれどアレクシスからは「仕事だ」としか返ってこない。
朝食は変わらず共にするが、何か話を振っても上の空で反応が乏しく、口数も明らかに少ない。
それに、態度も何だか冷たいような気がする。
当然エリスは不安になった。
これは何か粗相をしてしまったのではないか。アレクシスを怒らせてしまったのではないか、と。
だが侍女たちに相談しても「きっとお疲れなのですよ」「気にすることはありませんわ」「殿下はもともとそういう方ですし」とかわされてしまう。
それも、何かを隠しているような風で。
(きっと侍女たちは理由を知っているんだわ。でもどうして教えてくれないのかしら。やっぱりわたしが原因だから?)
エリスはどんどんと不安に陥っていった。
それを表に出すことはなかったけれど、アレクシスとの距離がようやく縮まっていたと思っていた矢先のことだったから、正直落ち込んだ。
そんなある日、十日ぶりにアレクシスが「今日は早く帰る。夕食を共にとろう」と言ってくれたものだから、エリスは内心とても安堵したのだ。
避けられていると思っていたが、勘違いだったのかもしれない。きっと本当に仕事が忙しかっただけなのだ。
今夜はゆっくり食事をしてもらおう――と、マリアンヌから聞いた、アレクシスの好物のミートパイを手ずから焼いた。
だがその日の夕方、アレクシスから届いた報せには、「今夜も遅くなる」という短い一言。
その報せを読んだエリスは、気付けば手紙をぐしゃりと握りつぶしていた。
自分でもどうしてそんなことをしたのかわからない。
けれど、酷く裏切られたような気分になったのだ。
(こうなったら、帰るまで待っててやるんだから)
意地になったエリスは、食堂で二時間待ち続けた。
アレクシスが帰ってきたら、どれだけ待たされても笑顔で出迎える健気な淑女を演じるのだ、と心に決めて。
だが、ようやく帰宅したアレクシスがエリスの前に差し出したのは、このネックレス。
アレクシスの帰りが遅かったのは、ネックレスを用意していたからだったのだ。
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