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第一部
19.贈り物(前編)
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宮廷舞踏会を三日後に控えたその日の夜、仕事を終えたアレクシスは帰りの馬車の中で一人溜め息をついた。
時刻は夜十時を回っている。
通り過ぎる街の様子は一部の歓楽街を除き、息をひそめたように静まり返っていた。
(彼女はもう休んでしまっただろうか)
アレクシスはエリスの顔を思い浮かべながら、座席の上の化粧箱を見つめる。
今日ようやく完成したばかりのネックレス。
エリスの清楚なイメージと、ライムグリーンの優しい色合いのドレスに合わせて作らせた、繊細かつ華やかなデザイン。
色が強すぎないようにと、エメラルドは直径五ミリの小ぶりサイズが十二個と少なめであるが、その代わり、首回りを含めたネックレス全体に極小粒のダイヤモンドを百六十六個あしらった。
これなら他の妃たちに見劣りすることもないだろう。我ながら上出来だ――アレクシスは完成したネックレスを見たとき、思わず自画自賛したほどだ。
とは言え、最初から全てが上手くいっていたわけではない。
そもそもアレクシスは、昔から宝石に興味のない人間だった。
どうして女はあんな石ころを欲しがるのだろう。到底理解できない、と。
自らを飾り上げるためだけに大枚をはたく人間を、心の中で蔑んですらいた。
だから宝石商の持参した大小さまざまなエメラルドを見せられたときも、何の違いもわからなかった。
カットの違いくらいは流石に見た目でわかったが、「輝きが異なっている」と説明されたときは「どれも同じ緑だろう」と答えてひんしゅくを買ったほどである。
そんなアレクシスだったから、最初は全てをデザイナーに丸投げしようと考えた。
実際、アレクシスはエリスのドレスのデザイン画を見せ、「このドレスに合わせてデザインしてくれ」とだけ注文を付け、いくつかのサンプルを作らせた。
だがどうもしっくりこない。
どれもエリスには華やかすぎる気がするのだ。
もしそのネックレスを身に着けるのがマリアンヌであったなら、何の違和感もなかっただろう。あるいは、他の皇女や妃たちなら馴染んだかもしれない。
けれど、エリスには強すぎる。
確かに彼女は美人だが、パッと周りの目を引くようなタイプではないし、身長は百六十センチに満たないほど小柄な上、体つきもほっそりしている。
女性らしい体系の他の妃たちと並ぼうものなら、まるで子供に見えるかもしれない。
そんな彼女に派手なデザインの宝石は似合わない。
そう思ったアレクシスは、結果的に色々と口を出さなければならなくなった。
おかげで何日も仕事が滞り、その遅れを取り戻すために夜遅くまで居残る日々が続いた。
帰宅は真夜中を過ぎるため、夕食は執務室で取るしかなく、エリスには先に休んでもらうしかなかった。
だがようやくその遅れを取り戻し、今日こそは早く帰れる。ネックレスも完成した。一緒に夕食を――と意気込んでいたところ、セドリックが疲労のためダウンしてしまったものだから、仕事が終わらなかったのだ。
(流石に働かせすぎたか。――そう言えばあいつ、昔はよく熱を出していたな)
アレクシスは幼いころのセドリックを思い出す。
アレクシスとセドリックは乳兄弟で、家族同然に育ってきた。幼いころの記憶の中には常にセドリックがいるし、ランデル王国へも共に留学した。
セドリック本人は口にしないが、もともと身体があまり丈夫ではないセドリックが軍人になったのは、アレクシスの側にいる為だ。
その忠誠心は母の愛より深いと断言できる。
(まぁ、そもそも母は俺のことなど愛していなかっただろうが……。ともかく、セドリックには数日休みを与えなければな)
――アレクシスがそんなことを考えていると、不意に馬車が停まった。
どうやら宮に着いたようだ。
化粧箱を片手に馬車から降りると、侍従が出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ、殿下」
「ああ。妃はもう休んだか?」
「いいえ、まだ。エリス様は食堂で殿下を待っておられます。夕食を共にされると仰って」
「――! まさかずっと待っているのか?」
「はい。二時間ほど前からでしょうか」
「――っ」
その言葉に、アレクシスは言いようもなく胸が熱くなるのを感じた。
普段は着替えてから食事をするところだが、その時間すら惜しいと思った。
こんな感情は生まれて初めてだった。
気付いた時には、食堂の扉を開けていた。
するとそこには「お帰りなさいませ、殿下」――と、いつものように微笑んでくれるエリスの姿。
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