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第一部
18.その頃、アレクシスは(後編)
しおりを挟むアレクシスがモヤモヤとした気持ちを抱えながら顔を上げると、クロヴィスが興味深そうな目で自分を見ていた。
これはろくなことを考えていない顔だ――本能的にそう思ったアレクシスは、急いで話を本題に戻す。
「それで、俺に確認したいこととは?」
そう問いかけると、クロヴィスはこれでもかと微笑んで、後ろに控える側近から一枚の書類を受け取った。
「確認事項は二つだ。どちらも二週間後の宮廷舞踏会についてだが――まず一つ目。舞踏会の来賓客リストの中に、ランデル王国の王太子、ジークフリートの名があった。彼はかつて一度も帝国の公式行事に顔を出したことがないから、どうにも気になってな。どういう風の吹き回しだろうかと」
「――!? あいつが帝国に来ると!?」
「そのようだよ。彼はお前の留学時代の友人だろう? どんな男だい?」
「どう、と言われても……。発言行動全てにおいて予測がつかない男だった、としか……」
「卒業以来連絡を取ったことは?」
「ないですね」
アレクシスがきっぱりと答えると、クロヴィスは短く思案して、「わかった」と頷く。
そして、「では次。こちらが本題だが――」と言って、急に顔から表情を消した。
そのいつになく真面目なクロヴィスの表情に、アレクシスは内心ドキリとする。
いったい何事だろうか、と。
「今朝方、宮内府から上がってきた経費書類を確認していて気付いたんだが……」
だがクロヴィスの口から放たれたのは、全く予期せぬ言葉で――。
「お前、エリス妃に送る宝石を用意していないだろう」
「……宝石?」
刹那、アレクシスは口を半開きにして固まった。
いったいこの兄は何を言い出すのだろうか。
「そう、宝石だ。宮廷舞踏会で妃たちが身に着ける衣装について、色が厳格に決められていることはお前も知っているな?」
「まぁ、それは。宮の名にちなんで、第一皇子妃は赤、第二皇子妃は青、第三皇子妃のエリスは緑、と。ですが、衣装は宮内府が用意するはずでしょう」
「衣装はな。だが宝石は夫である皇子が用意するのが慣わしだ。費用は宮内府持ちだが、その選定は皇子が行わなければならない」
「――!」
瞬間、アレクシスは絶句した。
完全に失念していたからだ。
女嫌いのアレクシスは、今までそういった慣習を気にすることなく生きてきた。
そのため、その辺りのマナーに疎いのだ。
顔を青くするアレクシスに、クロヴィスはやれやれと肩をすくめる。
「本当に手のかかる弟だね。そんなことだろうと思って、ここに来る前に宝石商を手配しておいた。デザイナーと細工師と共に、夕方には来てくれるそうだ。カット済みの石を百点用意するよう伝えてあるから、今夜中に決めてしまいなさい。いいね?」
「……はい」
アレクシスが答えると、クロヴィスは手にしていた一枚の紙を手渡し「これはエリス妃のドレスのデザイン画だ。頑張りなさい」と言い残して去っていく。
だがアレクシスには、その意味がわからなかった。
(頑張る? いったい何を……。それにこのデザイン画は何だ? ただ宝石を選ぶだけじゃないのか?)
ドレスのデザイン画を見つめ、大きく眉を寄せるアレクシス。
彼は、先ほどからすっかり空気と化しているセドリックを呼びつける。
「セドリック、今の話、聞いてたな?」
「はい」
「なら、兄上の最後の言葉の意味がわかるか?」
「そりゃあ、ドレスに合わせた装飾品を作るにはそれ相応のセンスが求められますし」
「ドレスに合わせた? なんだ、それは」
「…………。もしや殿下は、石を数点選べば終わりだと思っていらっしゃるのでは?」
「ああ、その通りだが。違うのか?」
「全く違います」
セドリックにピシャリと言い捨てられ、アレクシスは困惑する。
そんな主人の姿を見て、「今夜は徹夜になりそうだ」――とセドリックが内心大きな溜め息をついたことを、アレクシスは知る由もない。
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