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第一部
17.その頃、アレクシスは(前編)
しおりを挟むエリスがマリアンヌとのお茶会を楽しんでいる頃、アレクシスは宮廷内の執務室のソファにて、ぶるっと身体を震わせていた。
急に寒気を感じたからである。
(何だ……? 風邪か?)
最近はなるべく早く帰宅しようとろくに休憩を取らないため、疲れが溜まっているのかもしれない。
(少し仕事を減らすべきか……。いや、だがそんなに簡単に減らせるものでも……)
アレクシスがそんな風に考えていると、不意にクロヴィスの声が飛んでくる。
「可笑しな顔をしてどうしたんだい、アレクシス?」
「あ……いえ……、急に寒気がしたものですから」
「寒気?」
今、ローテーブルを挟んだ反対側のソファにはクロヴィスが座っていた。
アレクシスは、つい先ほど先触れもなくやってきたクロヴィスに「確認したいことがある」と言われ、ソファに座らされたばかりだった。
寒気がする、と言ったアレクシスに、クロヴィスは「ふむ」と顎に手を当ててほくそ笑む。
「大方、誰かがお前の噂話でもしているのだろう」
「噂話?」
「ああ、今日は例の茶会の日だろう? マリアンヌのことだから、お前の昔話を面白おかしくエリス妃に語っているのではないかな」
「…………」
確かに、マリアンヌには昔からそういうところがあった。
社交的で人懐っこく素直な性格の彼女だが、一度気を許した相手には何でもペラペラと話してしまうのだ。
それもあって、アレクシスはエリスがお茶会に参加することに不安を抱いていたのだが、案の定である。
「まぁ、とはいえ、もしマリアンヌが気を許したというのなら、エリス妃は疑うべくもなく善良な人間だということだ。マリアンヌの人を見る目は確かだからな。心配することはないだろう」
「……それは、確かにそうでしょうが」
「何だ。もしやお前は、夫としての威厳が保てなくなることを案じているのか?」
「いえ、特にそういうわけでは……」
クロヴィスの問いに、歯切れ悪く答えるアレクシス。
――実際のところ、アレクシスはここ最近の自分の気持ちが分からなくなっていた。
二週間前、「他の妻を娶りたくない」という身勝手な都合で、エリスに無理を言った自分。
エリスが断れないことを知りながら、夫婦仲が良好であることを周囲に示す為にエメラルド宮に居室を移し、共に食事を取りたいと告げた。
アレクシスはそのとき、少なくとも、嫌な顔をされるのは間違いないと思っていた。
初夜であれだけ手酷く扱ったのだ。エリスは自分の顔など見たくもないだろう、と。
だがエリスは驚いた様子こそ見せたものの、迷うことなく「はい」と答えたのだ。
それも、自分を気遣うような笑みを浮かべて――。
(なぜ笑える……? 君は俺が怖くないのか?)
アレクシスは不思議に思った。
翌日から、自分に合わせた生活を送るエリスのことを。
「いってらっしゃいませ。お気をつけて」と笑顔で自分を送り出し、どれだけ夜遅く帰宅しても、「お帰りなさいませ」と優しく出迎えてくれるエリスのことを。
そして何より、献身的なエリスに対し嫌悪感を抱いていない自分の心が、一番信じられなかった。
――もしや俺は、エリスを"思い出のエリス"に重ねているのではないか。
髪の色も、瞳の色も、名前も同じ。そのせいで、こんな気持ちになるのではないか――と。
二週間が経った今も、この気持ちの正体はわからないまま。
けれど少なくとも、エリスに対し嫌悪感を抱いていないことだけは確かだった。
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