8 / 112
第一部
8.翌朝(後編)
しおりを挟む◆◆◆
そもそも、この結婚はアレクシスの望んだものではなかった。
ことの発端は二週間前に遡る。
長い遠征からようやく帰還したアレクシスは、報告のために側近のセドリックを伴って、第二皇子クロヴィスの執務室を訪れた。
クロヴィスとは、今年で二十五になるアレクシスの異母兄で、皇帝の第一夫人――つまり皇后の長子のことだ。
この帝国では女帝が認められているために、第二皇子でありながら帝位継承権は第三位だが、次期皇帝に最も相応しい人物だと言われている。
現在は内政を担当しており、金髪碧眼の眉目秀麗かつ頭の切れる皇子だ。物腰も柔らかで、帝国民からの信頼も厚い。
だが笑顔の裏で何を考えているのかわからないところがあり、アレクシスは昔から苦手意識を持っていた。
アレクシスが部屋に入ると、クロヴィスは執務卓から顔を上げニコリと微笑んだ。
「やあ、久しいな、アレクシス。北部はどうなった?」
「特にどうということは。いつも通り力づくでねじ伏せてやりましたよ。詳細はこちらに」
アレクシスは事務的に答え、書類を提出するとさっさと部屋を後にしようとする。
けれどそんなアレクシスを呼び止めるクロヴィスの声。
仕方なく振り向くと、クロヴィスが満面の笑みで自分を見つめていた。
その笑顔に、アレクシスの胸に一抹の不安が過る。
(この笑顔、嫌な予感しかしない)
そう思ったのも束の間、クロヴィスの口から信じられない言葉が放たれた。
「お前の結婚相手が決まったよ。式は二週間後だ。準備をしておきなさい」と。
瞬間、アレクシスは戦慄した。
――ヴィスタリア帝国には現在十二人の皇子がいる。
うち成人している皇子はアレクシスを含めて四人だが、いまだに未婚なのはアレクシスだけだ。
クロヴィスに至っては正妻の他に側室が三人もいる。
皇族は一夫多妻が認められているため、二十二歳を迎えたアレクシスが未婚というのは有り得ないことだった。
にも関わらず、アレクシスはずっと結婚を拒んできた。
それは、どうしても結婚できない彼なりの理由があったからだ。
それなのに、まさか自分の知らないところで結婚相手が決まったなどと……。
もはや驚きすぎて言葉が出ないアレクシスの代わりに、側近のセドリックが問う。
「結婚ですか? 縁談ではなく?」
「ああ、結婚だ。側室だがな」
「……お相手は」
「スフィア王国の公爵家の娘だ。王太子の婚約者だったらしいが、異性問題を起こして破談になったと」
「そのような方が、アレクシス殿下の奥方に?」
「そうだ。異性問題云々については、当然先方は隠していたがな。我が帝国相手に隠し通せると思っている愚かさが、田舎の小国らしいというか」
「…………」
開いた口が塞がらないセドリック。
アレクシス本人も、怒りに肩を震わせる。
「陛下に抗議しにいく」――と、全身に殺気を纏わせて。
だがそんなアレクシスを、クロヴィスは冷静な声で引き止める。
「陛下は視察でいらっしゃらない。式の前日までお戻りにはならないそうだ。諦めなさい」
「馬鹿を言うな……! 我が帝国の皇子妃は王女であると慣習で決まっている。それをあのような小国の公爵家……それも、異性問題で破談になった女を嫁にしろと言うのか!?」
アレクシスは激高した。
あまりにも横暴な話だろう、と。
だが、クロヴィスは冷静な態度を崩さない。
「私もそうは思うけどね。いい相手は今まで何人もいたのに、お前が全員追い払ってしまっただろう? 陛下はそんなお前の行動に酷くお怒りだった。つまり、これはお前への罰ということなのではないかな」
「――ッ」
ぐうの根も出ないアレクシスに、クロヴィスは一枚の書類を押し付ける。
「これが相手の情報だ」と微笑みながら。
結局アレクシスはそれ以上何も言い返せずに、書類を雑に受け取ると、不満一杯の様子で執務室を後にした。
427
お気に入りに追加
1,598
あなたにおすすめの小説
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!
旦那様、離縁の申し出承りますわ
ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」
大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。
領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。
旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。
その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。
離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに!
*女性軽視の言葉が一部あります(すみません)
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる