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第一部
5.結婚初夜(前編)
しおりを挟むエリスの輿入れが決まってから二ヵ月後、ヴィスタリア帝国、王宮内の教会で結婚式が執り行われた。
参列者は帝国の皇族のみの、厳かな式である。
パイプオルガンの音が鳴り響く中、白いウェディングドレスを着たエリスは、つい先ほど初めて会ったばかりの第三皇子アレクシスと腕を組み、赤い絨毯敷きのバージンロードを慎重に進んでいった。
なお、帝国の皇族のウェディングドレスは形が決まっていて、袖は十分丈、首も肩もきっちり隠れるクラシカルなデザインだ。
ブーケは白薔薇。
アレクシスの方は黒の軍服姿である。
エリスは祭壇の前で立ち止まると、緊張した面持ちでアレクシスと向かい合った。
小柄なエリスと身長百八十センチを超える長身のアレクシス――二人の視線が交わるが、アレクシスは微笑むどころか眉一つ動かさない。
(わかってはいたけれど、やっぱりわたしは歓迎されていないのね)
――エリスは式の準備のため、一週間前に帝都入りしていた。
アレクシスの所有するエメラルド宮にてドレスのサイズ調整を行い、宮内府の者から式の流れを教わった。
けれどその一週間の間、アレクシスは一度もエリスの元を訪れなかったのだ。
ようやくエリスがアレクシスに会えたのは、式の直前――つまり、今より約三十分前のこと。
だがそのときだってアレクシスは、「エリス・ウィンザーと申します」と名乗ったエリスに、「ああ」と素っ気なく相槌を打つだけだった。
(でも、それも仕方のないことよね。スフィア王国は小国で、しかもわたしは王族ではないのだから)
これは宮内府の者から聞いたことだが、ヴィスタリア帝国の皇子らの妃たちは、正室・側室共に各国の元王族であるという。
帝国の皇室典範に"花嫁は王族でなければならない"という決まりはないとはいえ、エリスの様な小国出身の公爵令嬢が嫁いだ前例はないのだと。
だからだろう。エリスが正室ではなく、側室の座に収まることになったのは。
(とにかく、この方の機嫌を損ねないように務めなくては……。他に行く当てもないのだから)
エリスはこの結婚に強い不安を覚えながらも、アレクシスと結婚の誓いを交わした。
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