1 / 122
第一部
1.突然の婚約破棄(前編)
しおりを挟む
「エリス・ウィンザー! 今をもって、君との婚約を破棄する!」
「――っ!?」
ウィンザー公爵家の長女エリスが、婚約者である王太子ユリウスから破談の宣告を受けたのは、シーズン最初の王宮舞踏会が始まったばかりのときだった。
スフィア王国の伯爵位以上の貴族・淑女らが大勢集まる中、まるで見世物のように、エリスは婚約破棄を言い渡されたのだ。
けれど、当のエリスには破棄される覚えがまったくなかった。本当に、何一つとして……。
「あの……殿下、理由を……どうか理由をお聞かせくださいませ」
エリスはユリウスに縋ろうとする。
今身に着けているドレスだって、ユリウスがこの日のためにプレゼントしてくれたものだ。
君の亜麻色の髪と、瑠璃色の瞳に映えるだろう――そう言って、一月前に贈ってくれた淡い紫の美しいドレス。
それなのに、どうして急に……と。
だが、ユリウスはエリスの手を振り払い、大声で衛兵を呼ぶ。
「あの男をここへ連れてこい!」
そうして連れてこられたのは、下位貴族らしき二十歳前後の男だった。
その男は衛兵二人に引きずられるようにして、ユリウスの御前で無理やり額を床にこすりつけられている。
ユリウスはその男を憎らし気に見下ろし、怒りに声を震わせた。
「言え! お前の罪状は何だ……!」
その声に、ヒッと小さく悲鳴を上げ、男はぼそぼそと何かを告げる。
「わ……私は……ウィンザー公爵家のエリス嬢と……………」
「もっとこの場の全員に聞こえるように話せッ!」
「――ッ! わ……私はそこにいらっしゃるエリス嬢と通じました! 本当に申し訳ございません……ッ!」
刹那、ざわり――と空気が波打った。
会場全体がエリスを睨みつけている。
だがやはり、エリスにはまったくもって身に覚えのないことだった。
エリスは否定しようと口を開く。「殿下、わたくしは――」と。
けれどそれより速く、エリスの前に躍り出てユリウスに頭を垂れたのは、妹のクリスティーナだった。
「殿下! まさかお姉さまがそんなことをするはずありませんわ! これは何かの間違いにございます!」
「……クリスティーナ」
姉の無実を乞う、美しい妹クリスティーナ。
明るくて、気さくで、誰からも愛される、笑顔の可憐なクリスティーナ。
だが、そんなクリスティーナが自分を庇う様子に、エリスは言いようのない不安を覚えた。
(どうしてあなたがわたしを庇うの……? いつもはわたしに嫌がらせばかりするのに……)
けれど、その間にもユリウスとクリスティーナの話は進んでいく。
「ああ、僕だって最初は間違いだと思ったさ! だが、この男はエリスの秘密を知っていた。僕しか知らないはずの……君の秘密を……!」
ユリウスの怒りと悲しみに揺れる瞳が、エリスを静かに見つめた。
「エリス……僕は君を信じていたのに……。この男は、君の肩に火傷の痕があることを知っていたんだ。それが何よりの証拠だよ」
「……っ!」
その言葉に、エリスは顔を青くしてその場に崩れ落ちる。
身に覚えなどない。男のことなど知らない。ユリウス以外の男に、この傷跡を見せたことは一度もない。
それなのに、いったいどうして……?
絶望の中、「この女を二度と僕の目に触れさせるな」という冷たいユリウスの声が遠くに聞こえ――気が付いたときには、エリスは会場の外に追い出されていた。
「――っ!?」
ウィンザー公爵家の長女エリスが、婚約者である王太子ユリウスから破談の宣告を受けたのは、シーズン最初の王宮舞踏会が始まったばかりのときだった。
スフィア王国の伯爵位以上の貴族・淑女らが大勢集まる中、まるで見世物のように、エリスは婚約破棄を言い渡されたのだ。
けれど、当のエリスには破棄される覚えがまったくなかった。本当に、何一つとして……。
「あの……殿下、理由を……どうか理由をお聞かせくださいませ」
エリスはユリウスに縋ろうとする。
今身に着けているドレスだって、ユリウスがこの日のためにプレゼントしてくれたものだ。
君の亜麻色の髪と、瑠璃色の瞳に映えるだろう――そう言って、一月前に贈ってくれた淡い紫の美しいドレス。
それなのに、どうして急に……と。
だが、ユリウスはエリスの手を振り払い、大声で衛兵を呼ぶ。
「あの男をここへ連れてこい!」
そうして連れてこられたのは、下位貴族らしき二十歳前後の男だった。
その男は衛兵二人に引きずられるようにして、ユリウスの御前で無理やり額を床にこすりつけられている。
ユリウスはその男を憎らし気に見下ろし、怒りに声を震わせた。
「言え! お前の罪状は何だ……!」
その声に、ヒッと小さく悲鳴を上げ、男はぼそぼそと何かを告げる。
「わ……私は……ウィンザー公爵家のエリス嬢と……………」
「もっとこの場の全員に聞こえるように話せッ!」
「――ッ! わ……私はそこにいらっしゃるエリス嬢と通じました! 本当に申し訳ございません……ッ!」
刹那、ざわり――と空気が波打った。
会場全体がエリスを睨みつけている。
だがやはり、エリスにはまったくもって身に覚えのないことだった。
エリスは否定しようと口を開く。「殿下、わたくしは――」と。
けれどそれより速く、エリスの前に躍り出てユリウスに頭を垂れたのは、妹のクリスティーナだった。
「殿下! まさかお姉さまがそんなことをするはずありませんわ! これは何かの間違いにございます!」
「……クリスティーナ」
姉の無実を乞う、美しい妹クリスティーナ。
明るくて、気さくで、誰からも愛される、笑顔の可憐なクリスティーナ。
だが、そんなクリスティーナが自分を庇う様子に、エリスは言いようのない不安を覚えた。
(どうしてあなたがわたしを庇うの……? いつもはわたしに嫌がらせばかりするのに……)
けれど、その間にもユリウスとクリスティーナの話は進んでいく。
「ああ、僕だって最初は間違いだと思ったさ! だが、この男はエリスの秘密を知っていた。僕しか知らないはずの……君の秘密を……!」
ユリウスの怒りと悲しみに揺れる瞳が、エリスを静かに見つめた。
「エリス……僕は君を信じていたのに……。この男は、君の肩に火傷の痕があることを知っていたんだ。それが何よりの証拠だよ」
「……っ!」
その言葉に、エリスは顔を青くしてその場に崩れ落ちる。
身に覚えなどない。男のことなど知らない。ユリウス以外の男に、この傷跡を見せたことは一度もない。
それなのに、いったいどうして……?
絶望の中、「この女を二度と僕の目に触れさせるな」という冷たいユリウスの声が遠くに聞こえ――気が付いたときには、エリスは会場の外に追い出されていた。
466
お気に入りに追加
1,573
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
バイバイ、旦那様。【本編完結済】
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
妻シャノンが屋敷を出て行ったお話。
この作品はフィクションです。
作者独自の世界観です。ご了承ください。
7/31 お話の至らぬところを少し訂正させていただきました。
申し訳ありません。大筋に変更はありません。
8/1 追加話を公開させていただきます。
リクエストしてくださった皆様、ありがとうございます。
調子に乗って書いてしまいました。
この後もちょこちょこ追加話を公開予定です。
甘いです(個人比)。嫌いな方はお避け下さい。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる