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そして現在
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しおりを挟む「相変わらず見事ね…」
ため息を吐くようにイライザ・ロックウッド伯爵令嬢は呟いた。彼女の視線は今目の前に咲き誇る花たちに釘付けだ。
「大袈裟だわ…でもありがとう」
それに対し嬉しそうな声を発するのは、ジネヴィア・ホルドワール公爵令嬢である。
▼
あの日決意した通りジネヴィアは、令嬢としてのマナーだけでなく、剣術や魔術など家族には必要ないと言われたものにも一生懸命に励んできた。
「お前は一体何になるつもりなんだ」
家族に呆れと共に言われた言葉に苦笑いで返す。
努力が実るにつれて、周りからは淑女の中の淑女と呼ばれるようになり、それに目をつけた国王並び王妃からの打診により、現在彼女は王太子の婚約者となっていた。
自分が将来どうなるのかわからない状況下に置いて、王太子妃という肩書きは彼女にとって素直に喜べるものではなかった。
しかし、断る理由も見つからず言われるがままに顔合わせとなり、そのまま婚約者へと決まってしまった。
▼
「でも勿体無いわね…こんなに美しいのにすぐに採取してしまうのでしょう?」
此方に向きなおり、設置された椅子に腰を降ろしながらイライザは残念そうに言った。
「しょうがないわ。このために頑張ってきたんだもの」
そう言いながら、ジネヴィアは籠を手に持ち花びらを摘み始めた。
「あぁー勿体ない!」
イライザの訴えが聞こえないフリをして、どんどん摘んでいく。何分か前まで辺りに広がっていた青色は、今は緑に変わっていた。
(今度こそ…)
ジネヴィアは籠いっぱいに摘んだ花びらに思いをはせた。
▼
とある一室。
「どう?今度はいけそう?」
同じ研究仲間の東堂 賢作が手元のガラス瓶を覗き込んできた。
「…多分大丈夫だと思う……見て、前回よりは綺麗に色が出ていると思うの」
ジネヴィアはわかりやすいように別のガラスの容器に、今抽出したばかりの液体を数滴垂らした。
少しトロリとしたソレは、淡い青色で記憶の中にある海を思い起こさせた。
「綺麗な青だ… 」
東堂は容器を手に持ち感嘆した。
「この前は濁りがあったけど、今回は全くないね。どうやったの?」
「朝早くに起きて、開いたばかりの花を摘んだの……寝坊しないように早起きするのは大変だったわ」
今朝のことを思い出し、ジネヴィアは遠い目になった。
「前回は時間帯を気にしないで、とりあえず咲いたものを採取したでしょ?その結果があまり良くなかったから、時間帯で何か違いが出るのかもと思ったの…ほら市場に出ているものでも、効果に違いがある時があるでしょう」
「確かに……日に当たる前と後だと、それだけで植物には条件が変わるからね」
東堂はそれに頷き、何やらメモをとる。
「問題はイライザがね…急にそれを見たいって言い出したの……」
どこから聞き付けたのか、急に我が家にやって来て、花が咲くところが見たいと言い出したのだ。
それらしくなくとも、イライザは一応貴族の令嬢だ。
その彼女が泊まるともなれば、それなりの準備も必要となってくる。
本来なら自分より低い爵位にあたる彼女の行動は失礼にあたるのだが、彼女の家は伯爵家とはいっても、王都最大の商会を持っていて、下手な貴族より資産がある分、他の貴族は簡単に口を出せない。
むしろ、身分の低い彼女のほうにすり寄って来るくらいである。
イライザはそういう貴族とのやり取りに辟易していた。
ジネヴィアとの関係も商会を通して始まったものではあるのだが、ホルドワール家はロックウッド家以上に資産家であったし、地位も上だったので、イライザにとってある意味気を使わないでいい相手でもあった。
またホルドワール家は代々宰相を輩出してきたという立場上の厳しさはあるものの、人柄的には身分をあまり気にしない人たちだったので、彼女の振る舞いは特に問題にならなかった。
逆に楽しんでいる部分もあるぐらいだ。
問題なのは彼女の突拍子もない行動の方だった。
ホントに我が家のメイドたちには毎度申し訳ないと思う。
だからと言って拒否することをしないジネヴィアも、なんだかんだ彼女のことが大好きなのだ。
(今度王都で流行ってるチョコレートでも差し入れしてあげよう……)
優秀な我が家のメイドたちに感謝の念を送っていると、「コホン」という咳払いが聞こえた。
「あぁごめんなさい……話の続きだったわね。この花って咲いてしまったらすぐに摘んでしまうでしょう?すぐに散る儚さとは違うけど、摘まれてしまうからその時しか見れないのよ。その儚さが彼女の中ではツボになったらしくて……」
「まぁ普通に森とかに自生してるけど、君の家みたいに辺り一面っていうのはないからね……確かにあれは見事な眺めだよね」
その光景を思い出しているのか、男の顔に柔らかい笑みが浮かんだ。
「私も勿体ないなぁとは思うのよ?でもその花びらからしか採れないこの薬が重要なわけだから……」
「僕たちの目的は鑑賞じゃないからね」
「それで彼女が我が家にきたってわけ」
ジネヴィアはため息を吐いた。
「彼女って本当に面白いよね」
東堂も初めてこの国に留学生として来た日に、グイグイとあれこれを質問してきたイライザを思い出し苦笑いを浮かべた。
彼の国はこの地から海を越えた東側にあるノルド大陸にあった。
なぜそんな遠くから?と疑問に思って尋ねると、「他の国の薬学を学んでみたかったからどこでも良かったんだけど、何故か直感がここって言ってたんだよ」とよくわからない解答が返ってきた。
彼は学びに来たというだけあって、ノルド大陸の薬学に精通していた。
それはジネヴィアにとって、とても有り難いことであった。
彼女はこの国の歴史を学んでいく過程で、時折現れる流行病の存在に気付き、独自で調べていた。
どうやら長く続いた雨季の後に、長い乾期が続くとそれは流行る確率が高いらしい。
その病事態は珍しいものでもないのだが、問題となる時期に作物の不作も重なるために、飢えで亡くなる民の多さに隠れてしまい、病の存在に気が回らなかったようだ。
そこでジネヴィアは病が流行るの防ぐために、効果の高い薬作ろうと考えた。
珍しい病ではないので、薬も一応あるにはあるのだが、治るのに時間がかかっているのが現状である。
その間に広まってしまう可能性があるのだ。
彼女は12歳で学園に入ると、研究室を借りて日々薬効を高める研究に没頭した。
学園にも薬学に詳しい先生がいたので、協力してもらっていたのだが、ある程度までいったところで行き詰まってしまった。
そこに現れたのが東堂というわけである。
彼の知識はアストル大陸にはないものだったため、違う視点からの意見によって道筋が見えてきたのだ。
「まだまだ完成には時間がかかると思うけど、あと一歩だと思うの。あなたが来てくれて本当に助かったわ」
満面の笑みを向けるジネヴィアに、東堂も「こっちもいい勉強になってるからお互い様だよ」と笑って返した。
「……ところでこっちはいいとして、あれは大丈夫なのか?」
突如真剣な顔になった東堂の言葉に、すぐに返答できなかった。
「すまない……聞いてはいけなかったな……」
「気にしないで……」
それしか言えないジネヴィアは彼の言うあれ……窓の外に視線を向けてため息を吐いた。
そこにはジネヴィアの婚約者であるリカルド殿下がいた。
彼は一人ではない……もちろん護衛は居るのだが、側には最近入学してきた栗色の髪をした幼い顔立ちの少女がいた。
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