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ルアナ・クリストフ
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「……懐かしい夢ね」
目が覚めたが動く気になれず、ルアナはベッドに横になったまま天蓋を見つめた──
あれから月日が流れ11歳になった彼女の現状はお世辞にもいいとは言えなかった。
ジョエルとはあの日から何度か顔を合わせていたが、彼の態度は変わらず、此方に敵意を向けたまま。
(なぜ……私は自分の番に嫌われているの?)
日に日にルアナの心は疲弊していき、ついには国王である父に相談し、自身のフェロモンをコントロールする術を尋ねていた。
「いいのか?」
父の心配そうな顔。
(……良いわけない)
ルアナは何も言わず俯き、両手をきつく握りしめた。
「体が成長すれば、フェロモンが濃くなり、今は分からなくても、自ずと気づくようになるのだぞ?……それまで待てぬのか?」
「……それで彼を得ても、きっと蟠りは残ると思うの……それに……もしそれでも彼の態度が変わらなければ?」
「……」
「だから……だから私は、自分が彼の番だということを隠して、もし…もしも、彼に好きな相手が出来たときは、その手を離そうと思います」
「ルアナ…」
「別に番同士が必ず結婚するわけではないし……手離すことも愛でしょう?」
気丈に話してはいるが、今にも泣きそうな顔の娘に、縁談を早く纏めるべきではなかったと彼は後悔した。
「すまない……お前にいい嫁ぎ先をと選んだつもりだったのに…」
「いいの…それにまだ諦めたわけではないから」
そう微笑む娘を、彼はきつく抱き締めた。
「……ではコントロールの術を教えてやろう」
◇
それから入学まで、ルアナは彼には会わず、自分の教育と合わせてフェロモンを抑える練習を始めた。
その間に月のものがきて、彼女の体は大人への段階を上ったが、フェロモンはきちんと抑えられているとのことだった。
一応抑えなかったら、それが発するのも確認済み─
「入学までに間に合ってよかったわ」
来月から通う王立学園─
ルアナも婚約者も12歳になったので、学園に入学することが決まっている。
基本的に、貴族の子息子女が通うのだが、能力があり、且つ試験に受かれば、平民でも通うことが出来る。
まぁ圧倒的に人数は少ないが──
久しぶりに会う婚約者に、ルアナの胸は高鳴る一方、恐怖もあった。
(会えることはうれしいけれど、またあの目で見られると思うと……)
それでも恋しさの方が勝り、入学式の日、朝から何度もおかしなところがないかを確認しては、彼との再会に心を踊らせていたのである。
「今日からここに通うのね」
学園という初めての場所に緊張の面持ちで馬車から降りた。
すぐに生徒会らしき人が来て、会場に案内してくれた。
(彼はもう来たかしら……)
キョロキョロするわけにもいかず、見える範囲で彼を探すが分からない。
それから式が始まり、新入生代表としてルアナは壇上に立った。
挨拶を終えて、席に戻る時ジョエルを見つけた。
(あっ……)
嬉しくなったが、すぐに逸らされた視線に(やっぱり……)と悲しくなった。
式が終わり、それぞれが自分のクラスを確認して教室に入る。
(私は……あっ彼と同じクラスだわ!)
さっき視線を逸らされたことなど忘れ、ルアナは嬉しくなった。
(毎日彼と一緒……ふふふ)
浮き足立つままに教室に行こうと廊下を歩いていると、「ジョエル!」と呼ぶ声が聞こえた。
「えっ……?」
声のした方を振り向くと、蜂蜜色の長い髪をした少女が、自身の婚約者に走り寄っていた。
貴族は走らない……彼女は平民なのだろう。
それよりも気になるのは婚約者の名前を呼び捨てにしているところだ。
この場にいるということは今年入学してきたのだろう。
彼女は親しげにジョエルに話しかけ、彼も優しい顔でそれに答えている。
(あんな顔見たことない……)
ルアナは胸が痛くなり、これ以上二人を見ていたくなくて、足早にその場を去っていった。
頭には疑問符だらけだ。
彼女は誰なの?
彼とどういう関係なの?
なぜ名前を呼ばせているの?
せっかく彼も同じクラスになれたと思って喜んでいたのに、ルアナの気持ちは沈んだ。
更に最悪なことに、その彼女も同じクラスだった──
先生が教室に入ってくると、皆の自己紹介が始まった。
それによると彼女はマノン・シュベール─やはりというか平民だった。
貴族の彼と平民の彼女がどこで知り合ったのだろう。
あの様子では今日が初対面ではないはずだ。
自己紹介も終わり、先生よりこれからの学園生活の説明があったところで、今日は終わりとなった。
皆が帰宅するなか、ルアナは慌ててジョエルの元に向かった。
「あの……ジョエル!」
久しぶりに呼ぶ名前に緊張しつつ声をかければ、彼は足を止めてこちらを振り向いた。
「何?」
その顔は先ほどマノンに向けられていたものと違い、いつもの─嫌悪を顕にした─表情だった。
「……っ……同じクラスですし、これから一緒に登下校しませ「学園での接触は控えてくれ」……えっ?」
「どうせ王命だからこの婚約は破棄できない。せっかく番に会えたのにお前のせいで結ばれない」
こちらを睨む目よりも、彼が今口にした内容が気になって仕方がなかった。
「つ…がい?」
「そうだ。マノンは俺の番だ」
その後彼が何か言っていたが、ルアナは呆然とその場に立ち尽くしていた。
「どういうこと……?」
目が覚めたが動く気になれず、ルアナはベッドに横になったまま天蓋を見つめた──
あれから月日が流れ11歳になった彼女の現状はお世辞にもいいとは言えなかった。
ジョエルとはあの日から何度か顔を合わせていたが、彼の態度は変わらず、此方に敵意を向けたまま。
(なぜ……私は自分の番に嫌われているの?)
日に日にルアナの心は疲弊していき、ついには国王である父に相談し、自身のフェロモンをコントロールする術を尋ねていた。
「いいのか?」
父の心配そうな顔。
(……良いわけない)
ルアナは何も言わず俯き、両手をきつく握りしめた。
「体が成長すれば、フェロモンが濃くなり、今は分からなくても、自ずと気づくようになるのだぞ?……それまで待てぬのか?」
「……それで彼を得ても、きっと蟠りは残ると思うの……それに……もしそれでも彼の態度が変わらなければ?」
「……」
「だから……だから私は、自分が彼の番だということを隠して、もし…もしも、彼に好きな相手が出来たときは、その手を離そうと思います」
「ルアナ…」
「別に番同士が必ず結婚するわけではないし……手離すことも愛でしょう?」
気丈に話してはいるが、今にも泣きそうな顔の娘に、縁談を早く纏めるべきではなかったと彼は後悔した。
「すまない……お前にいい嫁ぎ先をと選んだつもりだったのに…」
「いいの…それにまだ諦めたわけではないから」
そう微笑む娘を、彼はきつく抱き締めた。
「……ではコントロールの術を教えてやろう」
◇
それから入学まで、ルアナは彼には会わず、自分の教育と合わせてフェロモンを抑える練習を始めた。
その間に月のものがきて、彼女の体は大人への段階を上ったが、フェロモンはきちんと抑えられているとのことだった。
一応抑えなかったら、それが発するのも確認済み─
「入学までに間に合ってよかったわ」
来月から通う王立学園─
ルアナも婚約者も12歳になったので、学園に入学することが決まっている。
基本的に、貴族の子息子女が通うのだが、能力があり、且つ試験に受かれば、平民でも通うことが出来る。
まぁ圧倒的に人数は少ないが──
久しぶりに会う婚約者に、ルアナの胸は高鳴る一方、恐怖もあった。
(会えることはうれしいけれど、またあの目で見られると思うと……)
それでも恋しさの方が勝り、入学式の日、朝から何度もおかしなところがないかを確認しては、彼との再会に心を踊らせていたのである。
「今日からここに通うのね」
学園という初めての場所に緊張の面持ちで馬車から降りた。
すぐに生徒会らしき人が来て、会場に案内してくれた。
(彼はもう来たかしら……)
キョロキョロするわけにもいかず、見える範囲で彼を探すが分からない。
それから式が始まり、新入生代表としてルアナは壇上に立った。
挨拶を終えて、席に戻る時ジョエルを見つけた。
(あっ……)
嬉しくなったが、すぐに逸らされた視線に(やっぱり……)と悲しくなった。
式が終わり、それぞれが自分のクラスを確認して教室に入る。
(私は……あっ彼と同じクラスだわ!)
さっき視線を逸らされたことなど忘れ、ルアナは嬉しくなった。
(毎日彼と一緒……ふふふ)
浮き足立つままに教室に行こうと廊下を歩いていると、「ジョエル!」と呼ぶ声が聞こえた。
「えっ……?」
声のした方を振り向くと、蜂蜜色の長い髪をした少女が、自身の婚約者に走り寄っていた。
貴族は走らない……彼女は平民なのだろう。
それよりも気になるのは婚約者の名前を呼び捨てにしているところだ。
この場にいるということは今年入学してきたのだろう。
彼女は親しげにジョエルに話しかけ、彼も優しい顔でそれに答えている。
(あんな顔見たことない……)
ルアナは胸が痛くなり、これ以上二人を見ていたくなくて、足早にその場を去っていった。
頭には疑問符だらけだ。
彼女は誰なの?
彼とどういう関係なの?
なぜ名前を呼ばせているの?
せっかく彼も同じクラスになれたと思って喜んでいたのに、ルアナの気持ちは沈んだ。
更に最悪なことに、その彼女も同じクラスだった──
先生が教室に入ってくると、皆の自己紹介が始まった。
それによると彼女はマノン・シュベール─やはりというか平民だった。
貴族の彼と平民の彼女がどこで知り合ったのだろう。
あの様子では今日が初対面ではないはずだ。
自己紹介も終わり、先生よりこれからの学園生活の説明があったところで、今日は終わりとなった。
皆が帰宅するなか、ルアナは慌ててジョエルの元に向かった。
「あの……ジョエル!」
久しぶりに呼ぶ名前に緊張しつつ声をかければ、彼は足を止めてこちらを振り向いた。
「何?」
その顔は先ほどマノンに向けられていたものと違い、いつもの─嫌悪を顕にした─表情だった。
「……っ……同じクラスですし、これから一緒に登下校しませ「学園での接触は控えてくれ」……えっ?」
「どうせ王命だからこの婚約は破棄できない。せっかく番に会えたのにお前のせいで結ばれない」
こちらを睨む目よりも、彼が今口にした内容が気になって仕方がなかった。
「つ…がい?」
「そうだ。マノンは俺の番だ」
その後彼が何か言っていたが、ルアナは呆然とその場に立ち尽くしていた。
「どういうこと……?」
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