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 事態が変わったのはあれから数日後のことだった。

 「おいっ聞いたか!キリクのやつ事故で亡くなったらしいぞ!」
 「は?」
 いつもと変わらない登校をして教室に入れば、すぐさま仲のいい友人が駆けてくる。

 一瞬何を言われたかわからなかった。

 「え…何言って…は?…冗談にしては「いやホントなんだって!」え?…はぁ?」
 混乱する頭で周囲を見渡せば、重苦しい空気が漂っていた。
 教室の奥には集団ができており、その中心に悲傷憔悴したパルミラの姿が見える。

 「え…なん…どうし…え?だって昨日…はぁ?」
 頭の中を整理できず、意味のない言葉が口からこぼれる。
 「その昨日のことらしい。学園からの帰り道に子供が馬車で引かれそうになっていたところを助けようと飛び出したみたいで…子供は助かったが…その…」
 「え…」
 「……あぁ…そのまま馬車に轢かれたらしい…しかも彼女の目の前で…」    
 「……っそんな」
 あんなに仲がよかったのに。目の前でなんて。
 もう一度、友人らに慰められている彼女を見る。卒業したら結婚するのだと嬉しそうに話す姿を見たのはいつだったか。

 両親も亡くなり、結婚予定だったキリクまで失った彼女は今独りになってしまった。
 (これからどうするんだろう…)
 あの件から、必要最低限しか話してこなかった自分にはかける言葉が見つからない。
 それでも気にせずにはいられなくて、気付けばいつも目で追うようになっていた。
 そんな彼の様子を、グレースは何とも言えない視線で見ていたことにアレンは気付かなかった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 そして卒業試験。気がかりがあったものの、無事合格をもらったアレンは、グレースに半ば強引に連れてこられた中庭に、パルミラと3人で向き合っていた。何故?

 「えっ…と…グレース…試験は?」
 「もちろん受かったわよ」
 「そ…それは…おめでとう…で…この状況は…何?」
 パルミラを見るが、彼女もわからないようで首を横に振る。
 戸惑う2人を余所に当の本人は大きなため息をつく。その様子にますます困惑する。

 「いい?アレン。あなた、彼女の事が気になって仕方ないんでしょう?」
 「は?ちょ…急に何言って」
 その言葉に目を見開くパルミラ。慌てるアレンをよそにグレースは続ける。
 「いつも彼女のことを目で追っていたのバレてないと思った?」
 「!!!!」
 「前に彼女が辛いとき、傍にいれなかったことを後悔してるって言ってたじゃない。キリクがいなくなったこの状況、今度こそあなたが支えてあげたらいいんじゃないの?」
 「そんな簡単に…」
 チラリとパルミラを見れば、以前向けられていた不快感が浮かんだ顔ではなく、何か期待するような眼差しがそこにあった。
 「いや…でもグレース」
 「私、来月…といってもあと2週間後だけど隣国の大学に行くの」
 「な…聞いてないよ」
 「言ってないから。受かるかわからなかったから黙ってたの」
 肩を竦める彼女を呆然とみる。
 「なんで…相談してくれたら…」
 「タイミングを逃したのよ…」
 寂しそうにいうグレースにそれ以上何も言えなかった。たぶん機会はあったが、自分がパルミラばかり気にしてるのに気付いて言い出せなかったのだろう。
 自分は助けてもらってきたのに、彼女の相談にすらのらないなんて。
 「ごめん…」
 「いいの、気にしないで。もともとここに入ったときから決めてたことなの。言わなかったのは…まぁホントにタイミングよ」
 「……」
 「…あのぅ」
 微妙な空気に置いていかれそうなパルミラが小さく声を出す。
 「あぁごめんなさいね」
 グレースは呼び出したもう一人に身体を向ける。

 「それで…私はなんでここに?」
 「……はぁ…まずは急に呼び出してごめんなさい。貴女からしたらあまり関わったことのない私に声をかけられて驚いたと思うの」
 「…ええ」
 「なのに来てくれてありがとう。さっきの会話でわかると思うけど、私もうすぐここからいなくなるから。それまでに片付けておきたいことがあって、それで来てもらったの」
 「はぁ…?」
 ますますわからないといった顔をするパルミラ。グレースの目的がわからないアレンは、黙って2人の会話を聞くことに専念する。
 
 「えっとまずは自己紹介かしら?卒業式の日にすることじゃないけど、私はグレース」
 「…知って…ます」
 「なら良かった。時間がないから本題に入ってもいい?まず言いたくなかったらいいのだけれど、パルミラさん、貴女これからどうするの?」

 !!!

 いきなりの発言に、聞かれたパルミラだけでなく、アレンも目を丸くする。
 「グレース!」
 強く名前を呼ぶが、当の本人はチラリとこちらに視線を向け、すぐに質問した方へと戻す。 
 パルミラは何も答えず下を向いている。
 「グレ…「アレンは黙ってて」…」
 
 (もしかしてさっきの…自分がパルミラを気にしていたことと関係があるのか?だとしても、 私は彼女にはっきり断られている。何より私は…)

 アレンは何かに気付きそうになった。

 「答えれないのなら答えなくてもいいの。失礼なことだってわかってるわ。私はただ…貴女は今アレンの支えを必要としてるんじゃないかと思って」
 「そんなわけ「何でそれを!」え?」
 二人とも否定が出ると思った。被さった言葉が信じられなくて、思いっきり声の方を振り向けば、顔を赤く染めたパルミラが俯いていた。

 「そんなわけ…だって彼女は」
 震える声でグレースに訴えれば、彼女は力なく微笑んだ。
 「あの時とは状況が違うでしょう?アレン」
 「…確かに…でも」
 何も答えないパルミラを見つめたまま、グレースはゆっくりと口を開く。

 「私ね…あなたがパルミラさんを気にするようになってから、もう一つ気付いたことがあるの。それはね、彼女もを気にしてたってこと」
 「…!!」
 アレンはグレースの言うことが信じられなかった。しかし、パルミラの反応を見るに、それが事実だと表情が物語っていた。

 「そんな…でも…」
 「アレンは気付かなくても当然よ。彼女いつもあなたの背中を切なそうに見てたから。でもね、それって私からはよく見えるのよ。だから私が気付いたのは偶然とも言えるし、当然の流れとも言えるの…パルミラさん、卒業したら親戚の家を出ていかないといけないんでしょう?私が聞いたのはあくまで噂だけど、貴女が彼らと折り合いが悪かったのは殆どの人が知ってたわ。それがあったから、卒業してすぐに結婚しようって決めたんじゃないの?…ただ支えとなる彼が亡くなって、どうしたらいいかわからなくなった。違う?」
 パルミラの目が徐々に潤んでいく。

 「そんな時、アレンを思い出した。彼なら助けてくれる、そう思ったんでしょう。実際、彼は貴女が心配で気になってたみたいだし」
 「「……」」
 「初めは単純に一目惚れか何かでパルミラさんに付きまとっていたんだと思ったの。当時は有名だったし」
 
 まさかこの流れでその話をされるとは。

 「…でも彼と関わっていくなかで、それは違うと感じたの。説明は難しいけど、二人の間には何かがあって、それが貴女の…アレンなら自分を助けてくれるっていう自信に繋がってるのかなって…でもあんなフリ方…えっと、貴女の彼にアレンが殴られてるところ私みちゃったのよ…」
 「え…」
 「…で、そんなことがあったから声を掛けようにも掛けられなくて、タイミングをみてた結果、卒業を迎えてしまった。どう?」
 「どうって…」
 アレンの気持ちとしては、彼女を助けたい思いは変わらない。でもそれは─チラリとパルミラを見る。

 「だからね…友人として私が最後に一肌脱いであげようと思ったの」

 言いたいことを話し終わったのか、グレースは「後は二人でしっかり話して」と言うと、手を振りながら走り出した。

 (ここで引き止めないと!)

 「待っ…え?」
 慌てて呼び止めようとするが、腕を引っ張られたことで声が途切れる。
 「…あの……」
 「…やく…そく」
 「いや…あの」
 「…約束…したよね?」
 パルミラはアレンの腕を握る両手に、グッと力を入れた。
 「今度こそ…そばにいてよ」
 「っ………そう…だね」

 最後に、グレースが走り去った方向を見る。
 遠ざかった距離が、今後の二人の関係をあらわすようで胸に痛みを感じたが、それを振り払うように、アレンはパルミラの手をとった。










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