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 それからの日々は本当に忙しいものだった。休暇の間は領地を周り、何か問題はないか、自分が始めた政策の経過報告、改善点があれば話し合ったり、友人たちと集まって意見を交換することもある。

 グラディウム家には年に一回訪れる程度になっていた。一応その間も婚約者への贈り物は欠かさない。もちろん、クロエにも─

 会うたびに美しくなるクロエに、ディミトリアスは胸に灯った小さな火が徐々に大きくなるのを感じた。
 幸いなことに彼女の婚約者はまだ決まっていない。どうやらエマリアが、まだクロエには早いと話を断っているらしい。

 (そうか……この世界では政略結婚は当たり前…彼女に私とは別の相手が出来ることもあるのだ)
 その事実に愕然とした。
 私には婚約者エマリアがいる。現時点ではこの申し分ない相手と婚約を破棄するには相応の理由が必要となる。

 家同士の問題で破棄をした場合、私はクロエを手に入れられない。
 私が相応しくないと見られれば破棄できるが、その場合次期当主としても、今まで積み上げてきたこともすべて失ってしまう。

 恋によって、すべてを無かったことにしてもいいのだろうか─・・・

 (ふっ……色々考えたところで、彼女の気持ちが自分に向くとは限らないのか……記憶がないのだから……)

 今世は何だか上手くいかない。アイツがもっとイヤなやつなら簡単なのに──

 (…ホント…………いい奴なんだよな…)

 ため息を溢したディミトリアスの瞳が、とても優しい眼差しになっていたことに、本人は気づいていなかった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 そのうちクロエが社交界デビューをするデビュタント・ボールの時期となった。
 もちろんデビュー用のドレスは義理の兄になるからという名目で、私が贈らせてもらった。

 「ディミトリアス様、クロエのエスコートもお願い出来ないでしょうか?」
 「…私の婚約者は君だ。私がクロエとパーティーに行ったら君はどうするんだ?…なにより君以外の女性と参加するなど周りに変な憶測が生まれるし、君の父上もいい顔しないだろう?」

 エマリアがクロエのパーティーへの付き添いをディミトリアスに頼んできた。
 したいのは山々だが、エマリアを蔑ろにしていると噂を立てられるのは困る。

 「私は父にエスコートしてもらいますから大丈夫ですわ。父は挨拶などがありますから、ずっと付き添うのは難しいので、貴方が一緒なら安心だといっておりました。クロエも慣れた貴方が一緒だと緊張しないで楽しめると思いますの……それに…向こうに着いたら私と…踊ってくださいますでしょ?」
 「もちろんだ」
 「ならお願いしますね?」
 ディミトリアスの返事に、安堵の笑みを見せるエマリアに「君はそれでいいのか?」と尋ねた声は、自分でも思いがけず不機嫌なものだった。

 「……っ…わ…私はクロエにとってデビュタントが、素敵な思い出になればいいのです。そ…それにあの娘は可愛いですから、変な殿方に目をつけられては困りますしっ」
 他の男に目をつけられると言われたことに動揺し、エマリアの声が震えていたことに気づかなかった。 
 「わかった。クロエのエスコートは私がしよう」
 私の返事にエマリアはホッとため息をつく。

 「よろしくお願いいたします」

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 デビュタント用の純白のドレスは、フリルは子供っぽいということで、レースを使い美しく仕上げられていた。どこか幼さの残るクロエの可憐さを、より一層引き立てて、会場の視線を集めることなど想像に容易い。

 グラディウム家の玄関でクロエを待っていたディミトリアスは、階段から降りてきた彼女の姿に惚けた視線を向ける。
 前回の人生で、結婚式の時に身に付けていたドレスが純白だった。意味合いは違うと頭ではわかっていたが、どうしてもあの時と重なってしまい、頬に熱がこもる。

 「ゴホン……あぁ…君の婚約者はエマリアこちらなのだが…」
 後ろから、エマリアと降りてきたグラディウム家当主ジョルジオに声をかけられ、ハッとしてエマリアに視線を向ける。

 「いいんですのよ、お父様。今日の主役はクロエですもの。侍女たちが気合いを入れて準備をしていましたから、今ので満足いく結果になったと喜んでいるでしょう」
 エマリアが優しくクロエを見つめると、彼女は嬉しそうに頬を染めた。

 「エマリア…今日は君をエスコート出来なくてすまない……そのぅ…今日の君もとても素敵だよ」
 「ふふっ……ありがとうございます」
 嬉しそうに微笑むと、エマリアはジョルジオの腕に手を回した。

 「では参りましょうか」 






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