滲む墨痕

莇 鈴子

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第四章 尤雲殢雨

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 宣言されたとおり、摩擦力が強まった。痛くはない。しかし、目に見えない脅威を払拭するかのように念入りにこすられる。
 その圧力に身体が仰け反ると、背中に回された硬い手に押し戻された。その手が泡でぬるりと滑れば、服が濡れるのも厭わないと言わんばかりに密着してくる腕にしっかりと抱えられた。
 鎖骨あたりを丁寧に洗われたあと、彼の無言の中にある要求を感じ取った潤は、恥じらいながらも胸を覆う手を下ろした。もとより本気で拒絶する気はないのだ。 
 一瞬だけ目を合わせてきた彼はまたすぐに伏し目がちになり、まるで寡黙な職人のような空気を纏って胸元を洗いはじめた。
 ふくらみの周りを麻生地が這う。柔肌は薄桃に染まり、こすられるたびにふるふると揺れるそれの先端では淡い色づきがぴんと上を向いている。
 彼も気づいているはずだ。身体を抱く腕のこわばりが緊張を伝えてくる。にもかかわらず、彼は依然として表情を変えることなく先端を避け、タオルを持つ手を脇に滑らせた。
 こそばゆさに潤は首をすくめた。息のかかりそうな距離で向き合い、洗う以上の行為をされない静かな時間が過ぎていく。
 脇、腰、腹、と手抜かりなく順番に洗われ、下腹部に差しかかったとき、藤田の手が止まった。視線を上げた彼のなにかを問うようなまなざしに、潤は無言を返す。
 太もものあいだにも墨をつけられた。その奥の茂みにも――。そう正直に伝えるべきだろうか。逡巡しているうちに、無情な筆がそこを舐める感覚が甦り、誠二郎の顔が浮かんだ。おぞましさに吐息が震える。
 異変に気づいた藤田が訝しげに眉をひそめた。やがて、その目には憤りの色が射した。
「いったい、どこまで……」
 かすかに揺れた声は煮え立つ心情を伝えてくる。背中を支える彼の手は熱く、素肌を溶かしてしまいそうだ。
 至近から送られる鋭い視線に絆され、戸惑い、潤は思わず彼の胸板に手のひらを押し当てた。硬い筋肉を覆う黒い布生地が泡で湿る。
 彼はまったく意に介さない様子で、濡れたタイル床に膝をついた。
「僕が、すべて綺麗にします」
 正面から見据えられ、改めて主張された。その激情に呑み込まれる覚悟で、潤は頷く。そして喉に詰まる想いを吐き出した。
「洗ってください……洗って、綺麗にして……」
 心臓が早鐘を打つ。自らそう口にしてしまえば、もうそれ以外の選択肢はなくなる。 
 ふいに、太ももを泡のついた手でするりと撫でられた。
「あっ……」
「ここにも、つけられた?」
 答えられずに俯くと、合わせた股の隙間に差し込まれた太い指が内ももを柔く掴む。
「ふっ、ん……」
 小さな艶声が漏れた。
 もうタオルは使わないのだろうか。そのわずかな疑問は、内側を揉みほぐすように洗う熱い手のひらによって一瞬でかき消される。
 撫でるのではなく、硬い指肌で圧しながらこする。まるでマッサージのような調子でその指が動くたびに白い柔肌は形を変え、熱を帯びた。
「ここは」
 低い呟きのあと、下腹と太もものふくらみに埋もれた脚の付け根に太い親指が沈められ、股間に茂る濡れた恥毛をかすめた。
 息を呑んで顔を上げると、目を伏せていた藤田もこちらを見つめた。
「ここも?」
 問いながら、付け根の溝にうずめた指を中心に向かって押し込んでくる。
「あっ、や……」
 内側のきわどい部分を行き来する圧力に、潤はひらきそうになる膝を頑なに揃えた。もし脚を広げれば、蠢きはじめた体内から誤って潤みが吐き出されてしまうかもしれない。
 そんな憂心を悟ったか、藤田が濡れ毛の上から恥丘を優しく撫でまわしはじめた。そこを這った筆の感触を丁寧に剥がし取るように。
 狭い茂りに集中して圧力をかけながら円を描く。核心を突かない刺激と、なにかを訴えかけるような深いまなざしが迫る。
 恥じらいに身をよじり弱々しく視線を下げると、目の前にある形のよい唇がひらいた。
「野島屋には……野島誠二郎には、もう近づかないほうがいい」
 抑揚のない口調で彼は言った。その口から夫の名前を聞いたのは初めてだった。
「どうして……」
 思わず疑問がこぼれた。
 夫についてなにかを知っているような口ぶりに、なぜ、と純粋に問いかけただけだった。しかし、藤田には夫を庇うための言葉に聞こえたのかもしれない。その精悍な顔にかすかな険しさを滲ませた彼は、ため息をつくように言った。
「それでも愛しているのか、あなたは……」
 愛――もはや身に覚えのないその言葉に混乱し、潤は首を小さく左右に揺らした。
 真意をはかりかねて焦れているような瞳に、物言いたげに薄くひらかれる唇。だが藤田はそれ以上声を発することなく唇を結び、目を伏せた。
 いくつかの沈黙が落ちた。潤が真情を示そうと小さく息を吸った瞬間、茂みの中の肉溝を硬い親指の腹がくいと撫で上げた。
「あぅっ……」
 唐突に与えられた刺激に、発しようとした言葉を嬌声に変えられてしまった。
 広い肩にしがみつくと、ふたたび視線を上げた彼に激しく見つめられる。恥丘の内側で育ちはじめた花蕾を指先で探られ、柔肉越しに小刻みに揺さぶられ、体内がじくじくと疼いた。
「いやっ、やぁ」
 潤み声を繰り返しても、彼の口元に浮かぶ薄い笑みに受け流されてしまう。それは蔑みの笑みにも、嘲りの笑みにも見える。
「あ、昭俊さっ」
 だがその名前を呼べば、一変して彼は悩ましげに眉根を寄せた。こつりとひたいを合わせてくる。鼻先が触れても唇を重ねず、吐息だけが交わった。
「……潤」
 そのかすれ声が互いの唇のあいだに漂う空気をわずかに揺らしたとき、背中にある彼の手が腰のくびれを下りて尻をかすめ、太ももを通って膝頭を掴んだ。それが一瞬の隙に割られ、秘部がくちゃりと音を立ててひらいた直後、膨らみきった剥き出しの花蕾を太い指腹に押し揺さぶられて腰が震え上がった。
「あぁっ……」
 閉じようとする脚をぐいと押さえられ、開花した秘唇にわずかに埋め込まれる指先。狭路から溢れ出たとろみを掬うように撫で上げたそれは、泡のぬめりと混ざり合った蜜で動きをなめらかにし、つるりとした花芯を優しく転がす。
 快美な刺激に身体の奥が引きつり、潤は思わず顔をそらして唇を噛みしめた。
「うっ、んん……っ」
 意図せず跳ねる腰をくねらせて迫りくる波を避けようとしても、意識の中に朦朧と浮かぶ絶頂の渦に引きずり込まれそうになる。
 力の入らなくなった脚がだらしなく崩れたとき、ふいに秘部への刺激が止んだ。我に返って藤田の目を見つめれば、熱を帯びた彼の視線はゆっくりと身体を伝い降りて一点に注がれる。
 それを追って自分の下半身を見下ろすと、茂みの下に沈められている指がふたたび裂け目を掬い上げた。
「あ……」
 静かに離れていくその指は、みだりがわしい透明な糸を引いた。そうして蜜の感触を確かめるように親指と中指をこすり合わせる。
 とっさに脚を閉じて意地悪な手を挟むと、低い呻きが降った。阻まれたことを拒むようにぬるりと内ももを伝い戻ってきた指は、肉唇に埋もれた秘芽をまた探りはじめた。
「や、ん……」
 筋張った腕を掴み押しのけようとすれば、他方の手が腰を撫で胸に這い上がってきた。
 上目遣いに睨んだつもりが、切なげな目で見つめ返され、たじろぐ。
 熱い手のひらが小ぶりなふくらみを包み、やわやわと揉みながら揺する。たくましさに似つかわしくない繊細な動きをする指に翻弄され、先端の突起はすっかり敏感に育ち、彼の太い指が掠るたびに身体中が震えた。
 いまだ悦楽の頂に達していない脳はさらなる刺激を求めて脚をひらかせる。秘唇がほころぶと、容易に芯を探り当てた指がさきほどよりも圧を込めて振動を与えてきた。
「あ、あぁ……」
 わずかに強引さを増した指づかい。霞みはじめる視界の中で深い刺激に陶酔していると、彼が顔を寄せてきた。
 自然とその唇を見つめる。だが、わずかにひらかれたそれは頬をかすめて耳に押し当てられた。柔らかな感触が耳たぶを這うと同時に、不揃いの無精髭が頬にざらりとした痛みを与えてくる。
「潤……ああ、潤」
 熱い吐息まじりの囁きはしっとりと脳を濡らす。求められているのだと、全身が悦びに打ち震える。
 キスしてほしい、と潤は思った。今そうしてくれたら、今日この目で見た残酷な光景をまぶたの裏側に隠し、閉じ込めてしまえる気がした。だが耳元にうずめられたその唇は戻ってきてはくれない。
 胸と恥部の熟した実はひたすら弄りまわされて、とうとう切迫した波が押し寄せる。
「うっ、あぁっ、ん……」
 彼の肩を押し返すように添えている手を太い首に回し、潤は自ら彼の耳元に唇をうずめた。
「あき、とし、さ……ん」
 ただ名前を呼び、少し赤らんだその耳にねだるように口づけた。
 瞬間、胸の先端に鋭い刺激が走り、彼の耳元で高く鳴いてしまった。仕置きとばかりに突起を指先で摘ままれ、こねくり回される。
 思わず熱い耳たぶに歯を立てれば、まるで競うように胸をまさぐられ、さらに下の肉芯も押しつぶされた。
「あ、昭俊さぁっ、ん」
 首元に唇をすり寄せてもう一度その名を呼ぶ。目の前で、突き出た喉仏が上下し彼が生唾を飲み込むのがわかった。
「……だめだ」
 直後に聞こえた極めて小さな囁きが、心に冷たい鋭刃を突き立てた。ちくりとした痛みを覚え、拒まれたのだと知る。
 しかし、放たれた言葉とは裏腹に指づかいは激しくなった。熟れた果肉を這う指腹がぬかるんだ肉肌をすばやく往復し、ちゅくちゅくちゅく、といやらしい蜜音を浴室に響かせる。
「んっ……ああぁっ……」
 身体が触れていても、心は突き放されていく。失意の中、それでもその指に与えられる喜悦を自ら受け入れた潤は、体内を襲う不随意な収縮、全身に広がる甘い痺れに酔いしれた。
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