グリモワールの修復師

アオキメル

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3章 リリスと魔族の王子様

103 仮面舞踏会その四

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 リオンはリリスとのダンスを終えて、名残惜しそうにその手をレウへと導く。
 次はレウの番だ。
 リオンは壁際にもどりその様子を眺めた。
 リリスはどの令嬢よりも輝いて見える。
 レウと一緒踊り、くるくると回る姿は愛おしくて仕方なかった。

「早く大人になってね」

 唇に弧を描き、自然とその言葉が漏れた。
 顔の全容が知れなくともこの胸の高鳴りは間違いなく恋焦がれている証拠。
 リリスもまた特別な思いを一瞬の邂逅とはいえ抱いてくれたらと願わずにはいられない。

 壁でダンスを見やる令嬢達や男達もまたリリスとレウに見とれているようだった。

「エリカ様と踊っている方は誰かしら?」

「黒髪に青い瞳がステキな殿方」

「黒髪だものきっとオプスキュリテ家の方ですわ」

「エリカ様は今宵も美しい」

「次は僕と踊ってもらおう」

 リリスとエリカ嬢の区別もつかないとはと愚かな見物人達に哀れみを送る。
 こんなにもその存在は違うというのに。
 曲が終わりレウとリリスがこちらに帰ってくる。
 すぐにダミアンが現れ、リリスの腕をとった。

「疲れたよね、もう帰ろう」

 その言葉にリリスは悲しそうな表情を浮かべている。
 もう少しだけここにいたいと言っているようでリオンは引き留めようと口を開いた。

「ダミアン様。
 もう少しだけ妹さんとの時間を許しては頂けないですか?」

「ダメだ」

 断言し睨みつけるようにダミアンは続けた。
 その姿は表情以外は丁寧だ。

「今宵は仮面舞踏会…。
 他の令嬢もあなた達と踊りたいと言う眼差しを向けていますよ。
 なにも妹にばかりかまわなくてもいいでしょう」

 不機嫌そうにダミアンは言った。
 そこにまたミルキが現れた。

「ダミアン様、オプスキュリテ侯爵様がお呼びです」

「…なんでこんな時に」

「急ぎの用事だそうです…」

「分かった、しょうがないな。
 妹を送り届けてから行くとしよう」

 リリスを連れて会場を出ようとするダミアンにミルキは告げる。

「それでは間に合いません。
 お嬢様はこちらの紳士にお任せして向かいましょう。
 いいですよね?
 御二方?」

「「もちろん、大丈夫だ」」

 私たちは笑みを浮かべ頷く。
 ミルキへの御礼も込めて微笑んだ。
 それにダミアンは目を釣りあげた。

「ダメだ!こんなとこに彼女を置いていけるものか!
 絶対連れて戻るからな」

 怒鳴るようにダミアンはリリスの腕を取り引きずって連れていこうとする。
 さっきからリリスに腰にまわされた腕が外れることはなかった。

「ダミアン様…。
 ここで騒がれては困ります。
 彼らは信用が置ける方々なのです。
 お任せ下さい」

「だいたいお前がそういう態度なのが、一番怪しいんだ!
 第一こいつらの髪に顔色の悪さはよく知るこの魔力は、魔…」

 そこで、ダミアンの言葉が途切れた。
 急にガクッと力なく地面に倒れそうになる所をリリスとミルキが支えた。
 ミルキの微笑みの色が濃くなっている。

「お兄様?
 大丈夫ですか?」

 リリスは不思議そうに倒れ込んだダミアンを見つめた。

「おやおや、いけませんね。
 具合が悪くなられたようです。
 私が運んでおきますので、御三方はこのまま仮面舞踏会をお楽しみください。
 お嬢様を頼みましたよ」

 ミルキはテキパキとした動作でダミアンを肩に持たれかけさせると一礼をして去って行った。
 残されたのはリリスとリオンとレウ。
 去っていくミルキに感謝の視線を送った。
 これで、邪魔が入ることなくリリスとゆっくり話す事ができる。
 リリスはどうしたものかと不安そうにこちらを見上げていた。
 その手を左右でリオンとレウは取るとこう告げた。

「「ゆっくりお話しませんか」」

「もちろんです」

 舞踏会で意気投合しペアになった男女は夜の庭園を散歩して仲を深める。
 そんな男女のあとを辿るように、リオン達もオプスキュリテ家の庭へと続く扉を通った。
 一定の距離で恋人達が手をとり語り合っている。
 夜の庭は人の心を大胆にするのかもしれない。
 そんな光景を眺めながら奥へと進んだ。
 月明かりとぼんやりと灯る街頭が美しく整えられた庭を照らしている。
 頬に撫でるかぜは涼しく、ダンスで温まった体には心地よかった。
 庭には色とりどりの花と薔薇が咲いている。
 噴水の近くに長椅子が設置されていたので、ちょうど良いと思いそちらへと歩みを進めた。

「あそこに座るところがあるね」

「そこに座りましょうか」

「はい」

 リリスを真ん中にしてリオンとレウは左右で座る。
 手は、まだはずしていない。
 この温もりを簡単に振りほどくなんて、もったいなくて許す限り触れ合っていたかった。
 リリスはきょろきょろと左右を見て頬を染めている。

「あの…手」

「このままがいいな」

「私もできればこのままで…」

「…そうですか?」

 リリスの顔がよく見えるようにその顔を覗き込む。
 白地の仮面に赤い薔薇の模様、この仮面の下はどんな瞳をしているのだろう。
 仮面が邪魔でしかない。

「「リリス」」

 二人の声が重なった。

「リオン様、レウ様?」

 何を言われるのだろうかと狼狽えながら名前を呼んでくれる。
 私たちはそんなリリスを安心させるために世間話から初めた。
 好きな物に嫌いなもの普段何をして一日を送っているか話をした。
 少しでもリリスのことが知りたくて覚えていたくて、話す会話は止まらなかった。
 だんだんとリリスは安心したのか自然な笑顔を見せてくれるまでになった。

 リリスの好きな物は本と花
 友人が花売りをしていて、その子からもらう花が好き。
 紅茶の好みはストレートティー。
 色は赤い色が好き。

 リリスのことが知れて私たちは喜んだ。
 あとは顔を見れれば満足だ。
 だから、リリスが困るというのにこと言葉を言った。

「その仮面を取ってはもらえないだろうか?」

「リリスの顔みたいな」

 無邪気そうにそう言葉をリリスに投げる。
 その言葉にリリスは表情が固まってしまった。

「あの、この仮面は絶対に取らないように言われているのです。
 人前で顔を見せてはいけないと言われていて…」

「どうしても、顔を見たいのだけどダメかな」

 レウが悲しそうに視線をリリスに送る。
 計算されてくした甘えの入った視線だ。
 大抵の女性なら折れることをリオンは知っていた。

「人には無い色だから、気味が悪いって思うかも…。
 こうやって、舞踏会でダンスが出来て声をかけてくださっただけで私は幸せだった。
 夢みたいだなって思ったんです。
 この夢が粉々になるなんて嫌なんです」

 悲しそうなその言葉に仮面をはずす気が削がれた。
 悲しい顔をさせたかったわけじゃない。
 リリスとダンスをして、話すことができた。
 これで十分じゃないかと思えてくる。
 ならば、できる限り彼女に幸せの時間を与えよう。
 リオンとレウのことを忘れないように。

「ごめんね、悲しまないで…」

「嫌なことはしないから」

「「夢の続きを楽しもうか」」

「はい」

 瞳は見えないがこちらに笑顔を浮かべてくれるリリスに私たちは満足した。
 リリスの思い出に深くリオンとレウが刻まれればいい。
 運命の日までどうか忘れないでいて。
 きっと顔を見れば思い出してくれるって信じてるから。

 生まれた瞬間に恋焦がれ、初めて見たその瞬間に心を囚われ全身に甘い電流が巡った。
 声を聞けば、リリスのことしか考えられなくなった。
 私たちはこんなにもリリスに囚われている。
 どうか、私たちを愛して欲しい。
 好きな気持ちを乗せた視線も甘い想いを乗せた言葉も全てはリリスに捧げられているものだよ。

 迎えにいくその日まで、どうか待っていて…。
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