グリモワールの修復師

アオキメル

文字の大きさ
上 下
97 / 111
3章 リリスと魔族の王子様

97 薔薇姫の執事

しおりを挟む
「この屋敷への侵入は許しませんわ!」

「この禍々しい気配、魔族ですね」

「…殲滅」

 リリス様の気配を辿り、着いた場所は緑あふれる屋敷だった。
 妖精と精霊に愛されているこの場所は魔族にとって居心地が悪い。
 踏み入れた瞬間、蜘蛛の子を散らすように光り輝く存在は逃げていった。

 オプスキュリテ家の屋敷を出て、ミルキだけが感じるリリス様の気配を追いかけこの場所にたどり着いた。
 道行く途中でまったく気配が無くなったときは焦ったが、守るべき主が内側にいるからかミルキは無事この場所を見つけることができた。
 もちろん、ここにたどり着くまでに殿下達が迷うよう偽の情報を各地にばら撒き、撹乱させるのも忘れなかった。
 世界から隠されるように建てられたこの場所はリリス様を隠すのに適している。
 なるほど、あのフルールに任せたのは正解であったとミルキは頷いた。

 リリスを主として付き従うミルキはリリスがどこに居ようとも追うことができる。
 その魂がある限りミルキはけっしてリリスを見逃さない。
 殿下達にも今までいた王族達にも伝えていない秘密だ。

「私は魔族ではありますが、怪しいものではありません」

 優雅で丁寧なしぐさで相手の警戒を解こうとするが、見たところこの小さな生き物は精霊。
 それもまだ子供の雛と見受けられる。
 そう簡単には警戒は解けないと思うが、どうにかするしかない。
 ミルキはリリス様のところに戻らなくてはいけない。

「どうやってここが分かったのです?」

「清浄な空気を荒らさないで」

「…みんな守る」

 長い髪をみつあみにした緑の瞳を持つ精霊はどこからかナイフを取り出した。
 左右の手にナイフが握られている。
 小さく口が動き、風を纏った。
 後ろの二人は祈るように互いに手を組み詠唱を始めた。

 ───守りの場所を荒らす者
 水の守りと炎の守りで捕らえましょう
 援護魔法付与

 ナイフを握った精霊の力が増幅している。
 水と炎が風とともに渦巻いている。
 相性が悪いはずの水と炎は手を取りあうように調和していた。

「困りましたね…。
 私は戦いたくないのですが?
 話を聞いてくれないなら仕方ありませんね」

 ミルキは渋々という形で目の前のメイドの姿をした精霊を見据えた。
 瞬きした瞬間に目の前にみつあみとホワイトブリムが見える。
 一瞬で距離を詰められた。
 次は足を払う蹴りが飛んでくると予測してミルキは軽く地を蹴り上に飛んだ。
 見た目の軽くという表現以上に宙へ飛ぶ。

「…!」

 攻撃が読まれたことに動揺したのか、緑の瞳が微かに大きく開く。
 すぐに思考を切り替えたのか、空を飛ぶミルキに狙いを定めナイフが飛んできた。
 右手に炎、左手に水流を纏ったナイフだ。
 本来なら重力に逆らわずに降ってくる敵をその勢いのまま殺傷することができるだろう。

「ほう…そうやって使うものでしたか」

 ミルキは感嘆の声を出すと靴に施していた術を起動させた。
 黒く艶やかな革靴の底に紫色の魔術式が浮かび上がる。
 道を歩くようにミルキは浮遊しながら歩を進めた。

「なかなか機転が利き良いですね。
 でも使用人という姿をとるならば、もう少し優雅に行動なさい。
 攻撃が真っ直ぐすぎて読みやすい。
 目を見れば分かってしまいますよ」

 ミルキは階段を降りるようにすとんと地面に静かに降り立った。

「…主様」

 泣きそうな顔で、でも涙を流さずにこちらを睨みつけている。
 ミルキはこのまま全ての攻撃を躱すことができるとさっきの戦いで確信をもった。
 信用してもらうためにも攻撃はしないで、全て避けなくてはいけない。

「いじめてるわけではありませんよ。
 私はただ、ここにいるリリス様にお会いしたいだけです」

 玄関扉が不意に開いた。
 そこから銀色の髪に紫色の瞳を持つ白衣のようなローブを羽織った男が姿を現す。
 男のかけた眼鏡の装飾鎖が金属音を鳴らした。

「「「主様」」」

 一斉に顔のよく似た精霊達がその男を見た。
 その行動と声に、ここの主であるとミルキは分かり丁寧に礼をとる。
 頭と瞳を使いどのような人物であるのか注意深く観察することにした。

「ここの主人とお見受けします。
 私はリリス様にお会いしに来ました」

「リリスという名前が君の口から出たから、外に出んだよねぇ。
 君はオプスキュリテ家の者?
 それとも魔族の王族の手駒?」

「そのどちらでもありません」

 挑戦的な微笑みを浮かべて、ミルキは目の前にいる魔術師と思われる男を見た。
 男もまた面白そうにこちらを見ている。

「じゃあ、なんだって言うの?」

「本当は分かってらっしゃるのでしょう?」

 怪しげに唇に笑みを浮かべ、ミルキは応える。

「私はリリスお嬢様だけの執事です。
 リリス様のもとへ帰ってきました。
 我が主を保護して頂きお礼申し上げます」

 人の体に膨大な魔力が流れているのを感じる。
 どことなくフルールの魔力と似ているような気がして、顔を確かめ兄弟であるとミルキは判断した。
 あのとんでも性能を持つフルールの兄とするならば、それは強いかと自然と納得した。

「リリスの執事くん、君が主としてるのはリリスだけなんだねぇ?」

「はい、私は主の命令には絶対に背きません」

「なら、僕は滞在することを許可しよう。
 みだりに屋敷を詮索したり魔術的なものを弄らなければいても構わないよ」

 その言葉に有無を言わさずに攻撃をしていた精霊達の視線がこちらに集中する。

「えーっ、なぜです?
 魔族ですよ!
 私は嫌!」

「執事で魔族…。
 主様がいうなら良いですがボクに近寄らないでください」

「…嫌い」

 相当な勢いで嫌われている。
 人は鈍いから分からないだろうが、精霊だとより気配が禍々しいものに感じられて不快なのだろうとミルキは涼しい顔で受け流した。

 玄関扉が小さく開いた。
 伺うように顔が半分外にでてくる。
 それは誰よりも敬愛し慕っている顔だ。
 その人物とミルキの目があった。

「ミルキ」

 リリスお嬢様がミルキに気づき、弾かれたように外に出てきた。
 黒く長い綺麗な髪が風に揺れ、以前よりも赤みの増した瞳は宝石のように美しい。
 リリスお嬢様はいつみても素晴らしいと誇らしい気持ちになる。

「…ミルキなのね」

 リリス様は震える声でまた名前を呼んだ。
 馴染み深いその声にミルキは自然と膝をつき頭を垂れた。
 そっと主の手を取り、ミルキは伝えた。

「もう、おそばを離せませんよ」

 安心したように泣き顔でリリス様は微笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

(完結)親友の未亡人がそれほど大事ですか?

青空一夏
恋愛
「お願いだよ。リーズ。わたしはあなただけを愛すると誓う。これほど君を愛しているのはわたしだけだ」  婚約者がいる私に何度も言い寄ってきたジャンはルース伯爵家の4男だ。 私には家族ぐるみでお付き合いしている婚約者エルガー・バロワ様がいる。彼はバロワ侯爵家の三男だ。私の両親はエルガー様をとても気に入っていた。優秀で冷静沈着、理想的なお婿さんになってくれるはずだった。  けれどエルガー様が女性と抱き合っているところを目撃して以来、私はジャンと仲良くなっていき婚約解消を両親にお願いしたのだった。その後、ジャンと結婚したが彼は・・・・・・ ※この世界では女性は爵位が継げない。跡継ぎ娘と結婚しても婿となっただけでは当主にはなれない。婿養子になって始めて当主の立場と爵位継承権や財産相続権が与えられる。西洋の史実には全く基づいておりません。独自の異世界のお話しです。 ※現代的言葉遣いあり。現代的機器や商品など出てくる可能性あり。

ヤンデレ幼馴染が帰ってきたので大人しく溺愛されます

下菊みこと
恋愛
私はブーゼ・ターフェルルンデ。侯爵令嬢。公爵令息で幼馴染、婚約者のベゼッセンハイト・ザンクトゥアーリウムにうっとおしいほど溺愛されています。ここ数年はハイトが留学に行ってくれていたのでやっと離れられて落ち着いていたのですが、とうとうハイトが帰ってきてしまいました。まあ、仕方がないので大人しく溺愛されておきます。

私の婚約者は6人目の攻略対象者でした

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。 すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。 そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。 確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。 って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?  ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。 そんなクラウディアが幸せになる話。 ※本編完結済※番外編更新中

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

処理中です...