グリモワールの修復師

アオキメル

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3章 リリスと魔族の王子様

96 侵入者

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「今日も良い天気ね」

 メルヒの屋敷にある自室の窓から外を眺め、リリスはそう口を動かした。
 リリスの部屋から見える景色は美しく、色とりどりの薔薇が美しさを競うように咲き乱れている。
 陽光に照らされた花は黄金を纏い、より輝かしいものに思えた。

「…っ」

 ぶるりと身体を震わせリリスは自らの身体を腕で抱く。
 けして寒いわけではない。
 外を眺めるとどきどき無性に不安になるのだ。
 この屋敷なら安心だと頭では分かっているのに、心は不安に感じている。
 フォルセの街でダミアンお兄様に会ってから、この不安が消えない。
 あれから幾分、月日が過ぎたのに毎日をこの不安とともに過ごしていた。
 これだけならいいが、リリスにはもう一つ不安に感じる症状があった。

「…また、あの夢だった」

 この魔眼に変質した赤い瞳のせいだろうか、リリスは毎夜見る夢に苦しめられていた。
 淡く光る幻想的な紫の花畑。
 そこに存在する、黒髪の男性。
 リリスはその世界の住人だった。

 自分知らない自分が流れ込んで来るような感覚に毎晩身体が重くなる。
 起きる度に違う自分になっているような、不安がリリスを飲み込もうとしていた。

 ───違うよ、溶け合ってるの。

 頭の中で別の自分がそう答える。
 リリスのことを何でも知っているその声は何者でもなく自分だ。
 リリスはメルヒからもらった三日月のブローチを両手で握りしめた。
 乳白色の三日月とアメジストの色にメルヒの姿を重ねて気持ちを落ち着かせる。
 こうするといつも自然と心が落ち着いた。
 このブローチには心を落ち着かせる魔術でもあるのかと口許が綻ぶ。

「…いつも、ありがとうございます」

 キラキラと輝くブローチを高く掲げてアメジストの色を窓辺で眺めていると部屋の外から音が聞こえた。

 バダバタと廊下を走る靴音が近づいてくる。
 小柄な体格の人物を想像させる靴音を聞いて、カラス達の誰かがこの部屋に向かっていることに気づいた。
 リリスは部屋の扉を見つめた。

「リリス!」

「…!」

 ノックもなく勢いよく開かれる扉にリリスは小さく声をあげた。
 そこに立っていたのは、リリスと同じ色を持つルビーだった。
 三つ子でカラスの姿を持つ、精霊の雛でメルヒの使い魔をしている。

「侵入者!侵入者です!
 リリスはこの部屋からでないで!」

 そう言って扉をピシャリと閉めるとまた、廊下へと走り出して行った。

「侵入者?
 一体何があったの?」

 リリスはわけが分からずに首を傾げる。
 もう少し説明が欲しい。
 今から地下の工房に向かおうとしていたのにと、どうしたものかと窓辺で遠くをを見つめた。
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