グリモワールの修復師

アオキメル

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2章 リリスと闇の侯爵家

93 執事の冷笑

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「ミルキ、お前も一緒にリリスを迎えに行かないか?」

「ミルキも一緒に来てくれると嬉しいな。
 従者があいつだけなんて、疲れるよ」

 リオン殿下とレウ殿下はそう言ってミルキに警戒心なく笑みを浮かべている。
 なんの疑いもない顔だ。
 ミルキがリリス様を薔薇姫の塔から逃がしたとも見抜けずにまっすぐにこちらを見ている。
 ミルキは困ったような穏やかな笑みを二人に向けた。

「私を必要としてくれて、ありがたいのですが…。
 ここでやることがありますので、ご一緒できません。
 今はこの家の使用人ですので」

 その言葉に王子達は残念そうな表情を浮かべる。

「それは」

「残念だ」

 その表情を見てミルキは心の中で薄く微笑んだ。
 信用してくれてるのはありがたいが、この二人は勘違いをしている。
 ミルキは生まれてからずっと王家に使えてきたがそれは王家に対する忠誠ではない。
 たまたまそこに”彼女”がいたから、ミルキはそこにいた。
 姫であり女王である薔薇姫リリス。
 その姿を幾千もの年月で生まれ変わりながらもずっと傍にいたい大切な君主。
 守るべき存在感。
 そう彼女に願われてミルキは生まれた。
 ミルキは彼女と共にある存在。
 ミルキにとっては離れ難い大切な人。
 だというのに目の前の二人は、ミルキは王家の大事な従者であると、信じ頼っているのだ。
 その傍らにリリス様がいれば、ミルキは喜んで王子達に手を貸すことだろう。
 だが、ミルキの主人である少女はこの者達から逃げることを選択した。
 この手を取ってもらったあの瞬間からミルキは全力でその願いを叶えるべく動いている。
 大切なリリスお嬢様だけがミルキ主人だ。
 彼女だけがミルキに命じる権利がある。
 彼女の傍らにいることこそ、ミルキにとっての史上の喜びであり生の意味である。

「さぁ、私のことは気にせず旅の支度をしてください」

「「分かった」」

 ***

「お気をつけて」

 王子たちの背中をオプスキュリテ家の玄関からそっと見送った。
 レインの姿が見えないが、きっとその辺をふらふら歩いているに違いない。
 そのうち置いていかれてことに気づき慌てて追いかけることだろう。
 問題のないことだ。
 ミルキは見送りを終えると、オプスキュリテ侯爵の部屋に向かった。
 王子達が出ていったことを伝えなくてはいけない。

 部屋の近くに来た時エリカお嬢様がちょうど侯爵の部屋から出てくるところだった。
 こちらには気づかずに、堂々とした足取りで去っていく。
 そこに小さな影が追加された、末娘のメアリ様だ。
 メアリ様はこちらを見透かすような冷たい灰色の瞳でにこりと笑った。
 そのまま何事も無かったかのようにエリカについて行き姿が見えなくなった。
 メアリ様は無邪気そうにみえるが、瞳の奥に何かがいるようなそんな気配を感じ不気味だとミルキは思った。
 気を取り直して扉の前にミルキは立った。

「侯爵様、ミルキです」

 部屋の扉をノックして返事を待った。
 すぐに返事がくる。

「中へ」

 扉を開けるとオプスキュリテ侯爵だけでなく、夫人までいた。
 二人の前に進みでる。

「何か用事かミルキ様?
 さっきエリカが状況を報告しに来ていてのぅ。
 ダミアンがリリスを見つけたそうだが、
 逃がしてしまったそうじゃ。
 ダミアンはなにかショックなことがあったのか、精神が不安定でしばらく部屋で休養をとらせることにした。
 殿下達にはなんと伝えればよいか考えていたところだ」

「その殿下達なのですが、出ていかれました」

「あら?」

「なぬ!?」

 侯爵も夫人も驚いて声を上げた。

「従者のレインからこちら話しを聞きました。
 私も暇をもらおうかと思いこちらに寄らせて頂いたのです。
 殿下達は自らの力でリリス様を探すことにしたそうで、私も従者としてついて行こうと思っております」

 その言葉に二人はさらに呆けた顔になってしまった。

「挨拶を…」

「そうよね…。
 いや、謝罪かしら?」

「すでにこの屋敷から出てしまわれているので、必要ないですよ。
 お二人が心配しているのは魔族との繋がりですよね。
 心配しなくても今後とも懇意にさせていただきますので、大丈夫です。
 此度の薔薇姫様のしたことですのでリリス様をこの世に産んでくださっただけて、こちらは感謝しておりますから。
 では、私はこれで…」

「そうか…分かった。
 今までありがとうミルキ様」

 頭を下げてミルキーは部屋から出ていく。
 ミルキは言いたいことを言い終えた。
 顔には濃い笑が浮かんでくる。

 オプスキュリテ家には王子達の従者として着いていくといったが、嘘だ。
 王子達にはここにいると伝えたこちらも、嘘だ。
 それというのもリリス様のお傍に向かうため。
 やはり、あの方の傍に行かなくては心が耐えられない。
 王子達がいた時は怪しい行動は取れなかったが、これならばここから怪しまれずに出ていくことが出来る。
 ダミアン様も部屋からはしばらく出てこないだろう。

「オプスキュリテの皆様。
 次のリリス様が生まれるまで、さようなら…」

 オプスキュリテ家の豪華な扉を静かに閉める。
 闇色の燕尾服を翻し、世界に熔けた。
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