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2章 リリスと闇の侯爵家
89 夢の中で
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淡く光る紫の花が視界いっぱいに広がる。
以前見たあの景色だ。
風に揺られて、花々が海のように波を立てる。
自分の黒く長い髪も風に揺れていた。
またあの黒髪の男の人がいるのかと思い、あたりを見渡す。
誰もいない。
私だけがこの世界にいるようだった。
後ろを振り返ると部屋があった。
ここは建物のテラスのような場所みたいだ。
私はここから花を眺めていたらしい。
部屋には繊細な薔薇装飾がされた大きな姿見があった。
私はそちらに近づき、自分の姿を見つめた。
黒髪に宝石のように赤い瞳。
同じ顔ではあるが、いつもの自分よりは大人びているような不思議な感覚になる。
瞳の色も知っている色彩よりも一際明るい。
頭には薔薇の茨のような鈍色の冠が乗っていた。
黒い蕾が綻び赤い薔薇が咲く。
薔薇の花が冠を華やかに彩っていた。
「力が欲しい?」
かすかに声が聞こえた。
どこから話しかけているのだろうと私は辺りを見回す。
誰もいなかった。
部屋は真っ暗で何も見えない。
なんだろうと首をかしげる。
「弱いままでいいの?」
また声が聞こえた。
そこでその声が自分の声とよく似ていることに気付いた。
鏡に視線をもどすと鏡の中の私は、真っ直ぐに私を視線で射抜いていた。
覇気のある視線に圧倒されたじろぐ。
鏡の中で口が動いた。
「誰かに助けられるだけのお姫様でいいの?」
その言葉に、私は後ずさる。
そんなのはダメだってわかってる。
守られてばかりなんて、迷惑かけるばかりなんて、嫌。
自分の身は自分で守れるくらいには強くなりたい。
「じゃあ、強くならないとね」
鏡の中の自分が微笑む。
「溶け合いましょう、私と私は同じなのだから。
恐れることはないわ。
力はすでに持っている」
私は鏡に手を合わせた。
鏡と手と手が重なり合う。
どこからが風が吹き、私を包み込んだ。
「…っ!」
心臓がきゅっと痛みを訴えた。
心の中でごとりごとりと二回、何かが落ちる感触が広がった。
燃えるような痛みが襲ってきたが、鏡は慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。
何か違うものに生まれ変わるような、安やかな気持ちで痛みを受け入れた。
***
柔らかな布の感触で自分がベッドに寝かされていることに気づく。
微かに浮上した意識の中で、声を聞いた。
フルールとメルヒが話してる声が聞こえる。
「事情はひととおり聞いたけど、辛そうだねぇ…」
「途中ではぐれなければ、こんなことにならなかったのに…」
フルールの声が悔しそうに掠れて聞こえた。
「フォルセの街にオプスキュリテ家の者がわざわざ出向いてくるなんて考えてなかったよねぇ…
けっこう距離があるし、ほぼ反対側の隣国だよ?」
「私もいるなんて考えてなかった。
オプスキュリテ侯爵家のダミアンがいたわ。
リリスの兄よ。
リリスのこと情欲にかられた瞳で見てたわ。
あいつ、小さな頃からリリスのことそういう目で見てたのよね…。
メルヒはリリスのことどのくらい知ってるの?」
寒気がしたのかフルールは両腕を手で擦った。
目が閉じられていても気配で何をしているのか分かる。
「ステラとリリスに聞いた事しか知らないかな…。
オプスキュリテ家は魔族と繋がってて、リリスは生贄みたいに魔族の王族への差し出される子なんでしょう。
リリスみたいな子が生まれる度に繰り返されて行われてるって話してたと思う」
「そうよ、リリスは小さな頃から薔薇姫の塔で閉じ込められて育ったの。
薔薇姫の対価として魔族の王家はオプスキュリテ侯爵家に恩恵を与えていたわ」
「オプスキュリテ侯爵夫妻になら見たことあるよ。
王の即位の義には国中の貴族が集まったからねぇ。
挨拶大変だったよ。
侯爵夫人はその恩恵とやらを受けてそうだった。
あの歳であの見た目は普通に存在しないからねぇ。
オプスキュリテ侯爵家はこの国でも魔法の力が強い一族だよねぇ。
その強い魔法の力で数々の武勲を遺して侯爵という地位にいるわけだけど、それも全て魔族からの恩恵だったということかな。
一人の少女の犠牲の上で成り立つ強さって、どうかと思うよ」
「そうよね、きっとリリスみたいな子が今までもいたはずなのよ。
胸が痛むわ、助けたかったもの。
でも、何故そんなにも魔族の王家はあの一族にこだわるのかが分からないの。
黒髪で赤い瞳の女の子が必ず選ばれるみたいなのよね。
花嫁の印を消す方法以外にもオプスキュリテ侯爵家についても調べていたのよ。
頑張ってたんだけどな、魔族について調べようとすると壁にぶつかる」
「成果があまりなくて残念だねぇ。
魔族の伝承なんかが書かれた本でもあればなにか繋がりそうだけど。
物語というものは大抵元となる出来事から作られるものだしねぇ。
この国は魔族とは対立してるから、難しい話だけどさ。
ステラの代で交流でも持ってみれば?」
「…交流になるのかしらね?
魔族って欲望の塊でしょう。
この国が喰われないようにするのが精一杯よ…。
メルヒの方は国守りの結界大丈夫なんでしょうね?
メルヒの守りがなかったら、それこそこの国の危機よ」
「結界はいつでも綻びがないように見てるよ。
それが僕の仕事だからね。
この命が続く限り、ここで守り続けるよ」
二人の話をリリスは静かに聞いていた。
一族の話題に魔族、リリスの知らない話が会話の中から聞き取れた。
寝たふりというわけではないけど、いろいろと聞いてしまって悪い気がしてしまう。
「リリスには、辛かったぶん楽しく過ごして欲しいな…」
フルールの手が前髪に触れた。
髪を撫でる感触が柔らかく気持ちいい。
「僕はリリスがやりたいようにできるなら、それが一番だよ。
楽しいことをたくさん見つけて欲しい」
暖かな言葉にリリスは瞼を開けた。
体が燃えるように熱いことに感覚が追いついた。
眠たげに二人の話を聞いてる時は感じなかったのに。
「…メルヒ、フルール」
リリスが起きたことに気づき、メルヒとフルールが安心したように微笑んだあと、息を呑むのが見えた。
以前見たあの景色だ。
風に揺られて、花々が海のように波を立てる。
自分の黒く長い髪も風に揺れていた。
またあの黒髪の男の人がいるのかと思い、あたりを見渡す。
誰もいない。
私だけがこの世界にいるようだった。
後ろを振り返ると部屋があった。
ここは建物のテラスのような場所みたいだ。
私はここから花を眺めていたらしい。
部屋には繊細な薔薇装飾がされた大きな姿見があった。
私はそちらに近づき、自分の姿を見つめた。
黒髪に宝石のように赤い瞳。
同じ顔ではあるが、いつもの自分よりは大人びているような不思議な感覚になる。
瞳の色も知っている色彩よりも一際明るい。
頭には薔薇の茨のような鈍色の冠が乗っていた。
黒い蕾が綻び赤い薔薇が咲く。
薔薇の花が冠を華やかに彩っていた。
「力が欲しい?」
かすかに声が聞こえた。
どこから話しかけているのだろうと私は辺りを見回す。
誰もいなかった。
部屋は真っ暗で何も見えない。
なんだろうと首をかしげる。
「弱いままでいいの?」
また声が聞こえた。
そこでその声が自分の声とよく似ていることに気付いた。
鏡に視線をもどすと鏡の中の私は、真っ直ぐに私を視線で射抜いていた。
覇気のある視線に圧倒されたじろぐ。
鏡の中で口が動いた。
「誰かに助けられるだけのお姫様でいいの?」
その言葉に、私は後ずさる。
そんなのはダメだってわかってる。
守られてばかりなんて、迷惑かけるばかりなんて、嫌。
自分の身は自分で守れるくらいには強くなりたい。
「じゃあ、強くならないとね」
鏡の中の自分が微笑む。
「溶け合いましょう、私と私は同じなのだから。
恐れることはないわ。
力はすでに持っている」
私は鏡に手を合わせた。
鏡と手と手が重なり合う。
どこからが風が吹き、私を包み込んだ。
「…っ!」
心臓がきゅっと痛みを訴えた。
心の中でごとりごとりと二回、何かが落ちる感触が広がった。
燃えるような痛みが襲ってきたが、鏡は慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。
何か違うものに生まれ変わるような、安やかな気持ちで痛みを受け入れた。
***
柔らかな布の感触で自分がベッドに寝かされていることに気づく。
微かに浮上した意識の中で、声を聞いた。
フルールとメルヒが話してる声が聞こえる。
「事情はひととおり聞いたけど、辛そうだねぇ…」
「途中ではぐれなければ、こんなことにならなかったのに…」
フルールの声が悔しそうに掠れて聞こえた。
「フォルセの街にオプスキュリテ家の者がわざわざ出向いてくるなんて考えてなかったよねぇ…
けっこう距離があるし、ほぼ反対側の隣国だよ?」
「私もいるなんて考えてなかった。
オプスキュリテ侯爵家のダミアンがいたわ。
リリスの兄よ。
リリスのこと情欲にかられた瞳で見てたわ。
あいつ、小さな頃からリリスのことそういう目で見てたのよね…。
メルヒはリリスのことどのくらい知ってるの?」
寒気がしたのかフルールは両腕を手で擦った。
目が閉じられていても気配で何をしているのか分かる。
「ステラとリリスに聞いた事しか知らないかな…。
オプスキュリテ家は魔族と繋がってて、リリスは生贄みたいに魔族の王族への差し出される子なんでしょう。
リリスみたいな子が生まれる度に繰り返されて行われてるって話してたと思う」
「そうよ、リリスは小さな頃から薔薇姫の塔で閉じ込められて育ったの。
薔薇姫の対価として魔族の王家はオプスキュリテ侯爵家に恩恵を与えていたわ」
「オプスキュリテ侯爵夫妻になら見たことあるよ。
王の即位の義には国中の貴族が集まったからねぇ。
挨拶大変だったよ。
侯爵夫人はその恩恵とやらを受けてそうだった。
あの歳であの見た目は普通に存在しないからねぇ。
オプスキュリテ侯爵家はこの国でも魔法の力が強い一族だよねぇ。
その強い魔法の力で数々の武勲を遺して侯爵という地位にいるわけだけど、それも全て魔族からの恩恵だったということかな。
一人の少女の犠牲の上で成り立つ強さって、どうかと思うよ」
「そうよね、きっとリリスみたいな子が今までもいたはずなのよ。
胸が痛むわ、助けたかったもの。
でも、何故そんなにも魔族の王家はあの一族にこだわるのかが分からないの。
黒髪で赤い瞳の女の子が必ず選ばれるみたいなのよね。
花嫁の印を消す方法以外にもオプスキュリテ侯爵家についても調べていたのよ。
頑張ってたんだけどな、魔族について調べようとすると壁にぶつかる」
「成果があまりなくて残念だねぇ。
魔族の伝承なんかが書かれた本でもあればなにか繋がりそうだけど。
物語というものは大抵元となる出来事から作られるものだしねぇ。
この国は魔族とは対立してるから、難しい話だけどさ。
ステラの代で交流でも持ってみれば?」
「…交流になるのかしらね?
魔族って欲望の塊でしょう。
この国が喰われないようにするのが精一杯よ…。
メルヒの方は国守りの結界大丈夫なんでしょうね?
メルヒの守りがなかったら、それこそこの国の危機よ」
「結界はいつでも綻びがないように見てるよ。
それが僕の仕事だからね。
この命が続く限り、ここで守り続けるよ」
二人の話をリリスは静かに聞いていた。
一族の話題に魔族、リリスの知らない話が会話の中から聞き取れた。
寝たふりというわけではないけど、いろいろと聞いてしまって悪い気がしてしまう。
「リリスには、辛かったぶん楽しく過ごして欲しいな…」
フルールの手が前髪に触れた。
髪を撫でる感触が柔らかく気持ちいい。
「僕はリリスがやりたいようにできるなら、それが一番だよ。
楽しいことをたくさん見つけて欲しい」
暖かな言葉にリリスは瞼を開けた。
体が燃えるように熱いことに感覚が追いついた。
眠たげに二人の話を聞いてる時は感じなかったのに。
「…メルヒ、フルール」
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