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2章 リリスと闇の侯爵家
66 ダミアンの宝物その六
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屋敷の離れ”薔薇姫の塔”に向かって、歩いていく。
二人の背中を追いかけながら、ダミアンは静かに心を踊らせていた。
長年入ることが禁じられている場所に入れることを許されたのだ。
それだけで、少し認められて大人になれたような気がした。
こうやって出来ることが、どんどん増えていくと成長したように思う。
父上のような立派な侯爵になりたい。
黒い背中を見つめて、そう思いながら歩いていたら視界に唐突に薔薇姫の塔が現れた。
気づかないうちに目的の場所に着いていたみたいだ。
さっきまではすごく遠くに見えていたのに、門の前まで来ていた。
金属の軋む音を立てて、ミルキが薔薇姫の塔の門を開ける。
「どうぞ、入ってください」
門をくぐると石造りの階段が続いている。
ひんやりとした空気の中に薔薇の香りとお菓子の香りが漂っている。
その香りで本当にここに女の子が住んでるんだとダミアンは思った。
階段を登りきると、薔薇のモチーフが彫られた木の扉の前に着く。
ミルキが扉を叩いた。
「リリス様、ミルキです。
お父上とダミアン様を連れてきましたよ。
開けますね」
「はーい」
ミルキがそっと扉を開けるとそこには、見たことも無いくらい美しい女の子が座っていた。
艶やかで長い黒髪に、宝石のような赤い瞳が驚いたようにダミアンを見ている。
その視線に自分が映ったというだけで、ドクンと心臓が跳ねた。
女の子はおずおずとソファーから立ち上がると、くるりとこちらを向き、着ている赤いワンピースの裾を両手でつまみ軽くおじぎをした。
淑女の挨拶だ。
「はじめまして!
リリスです」
小さくお人形のような女の子が動いている。
その動きにダミアンは魅入ってしまい、自分が挨拶するのを忘れてしまう。
ぼんやりしているダミアンの肩を父上がぽんぽんと軽く叩いた。
「ダミアン、お前も挨拶なさい」
「あっ…。
ダミアンです」
息をするのを忘れてしまうくらいに、体中が熱くなる。
こんな感情、今まで感じたことがない。
この感情を何と呼ぶのかダミアンは頭を働かせて考える。
相手は五歳の女の子。
かわいいのは当たり前。
ダミアンは高鳴る鼓動を落ち着かせようとして深呼吸を繰り返していた。
おかげで周りの声が耳に届かない。
リリスだけを目で追っていた。
酸素がたりない頭の中でダミアンはこの感情の答えを導き出す。
この感情は恋?
こんなにも簡単に人は一目で恋に落ちるのかと衝撃が走る。
「お久しぶりです」
リリスが父上にも挨拶をしている。
「うむ、淑女の挨拶が出来るようになっているとは成長しておるな」
「ミルキに教えてもらったの」
褒められて嬉しそうに満面の笑顔をしている。
なんて可愛らしいのだろう。
笑っている赤い瞳を眺めて、こちらも嬉しくなってくる。
「リリスよ。
ダミアンは今日からこの塔に入れることになった。
一緒に遊ぶと良いぞ」
父上がリリスにダミアンのことを説明している。
「一緒に遊んでもいいのですか?」
父上が無言で頷く。
「うれしい。
じゃあ、一緒に遊びましょう」
キラキラとした赤い瞳がダミアンを捕らえる。
見ているだけで嬉しいのが分かった。
ダミアンに向けられた笑顔が眩しすぎて、いつものように動けない。
鼓動が早くなっていく。
「うん、一緒に遊ぼうか…」
リリスが嬉しそうに、何で遊ぼうかと部屋の中を見回す。
積み木にぬいぐるみ、楽器と悩んでいたが、本棚から絵本を取り出した。
絵本を持ってダミアンの方へ近づいてくる。
「ダミアンお兄さま!
リリスに絵本をよんでください」
なんだろうこの既視感は…。
早まる鼓動とはべつに何か違う物がダミアンの中に入ってくる。
赤い瞳とダミアンの瞳が合わさる。
「あっ…」
ダミアンのなかの何かカチリと噛み合う音がした。
赤い瞳に反応して、忘れていたことが映像となって頭の中に流れ込む。
初めての妹だと思っていたエリカの記憶がリリスへと塗りかわる。
記憶の中で眠っている赤子の瞳の色は黒ではなく血のように赤い。
両親はそれを恐ろしい程に喜び笑みを浮かべる。
その傍らに立つ男ミルキは赤子に慈愛の表情を浮かべ微笑んでいる。
その口からのぞく白い歯は人ではありえないほどに鋭い。
…なんで、忘れていたのだろう。
大切な記憶であるはずなのに。
この子はダミアンにとっての初めての妹だ。
エリカに向けられていた愛情はこの子にこそ向けられるべきものだったんだ。
見ない間にこんなにも成長していた。
一人でこの場所にいたのだろうか、遊び相手もいないのはさぞ退屈だっただろう。
「…ダミアン様?」
ミルキがぼんやりと虚空を見つめ心ここに在らずのダミアンに話しかける。
「思い出した。
やりとりも全て。
でも、お前は使用人だからミルキって呼ぶ」
「それで、結構ですよ。
ダミアン様」
満足そうにミルキは微笑みを浮かべる。
リリスは絵本を持ったまま不思議そうにダミアンを見ていた。
「おいでリリス。
あそこで座って読もう…」
小さなリリスに手を差し伸べる。
リリスは嬉しそうにその手を取った。
「はい、お兄さま」
そのお兄さまという言葉にダミアンの心がずきりと痛む。
一瞬で恋に落ちたのに妹だった。
知る前に感じた恋心が今も体の中で叫び出す。
あの熱病のような感情をこんなにすぐに手放すことなんて出来はしない。
だからダミアンはずっとリリスを愛するだろう。
ダミアンにとっての宝物は、きっとこのリリスという女の子。
「リリス、僕が君と毎日遊んであげるよ。
僕のことはダミアンって呼ぶといい」
「ダミアンお兄さま?」
「違うよ。
そのままダミアン」
「ダミアン!」
「うん、よくできました」
この日からダミアンは毎日、薔薇姫の塔に通うようになった。
思い出した記憶と薔薇姫の伝承を聞かされてからは、より一層熱心にリリスの元へ通った。
エリカという妹はダミアンの中で景色のように無色に溶け込んでいった。
***
『薔薇姫リリス。
オプスキュリテ侯爵家に数百年周期で産まれる、黒髪に赤い瞳の女児のことだ。
彼女は必ず魔族の王族へ嫁ぐことになっている。
そして我ら一族はその返礼として恩恵ギフトが魔族の方々から与えられる。
無尽蔵の魔力。
そしてワシは富を手に入れ妻は不老を手に入れた。
薔薇姫リリスを頼んだぞ、ダミアン。
魔族の王族に引き渡すその日まで、あの子を守り育てるのだ』
父上の言葉を胸に抱きながらもダミアンは父と一族を裏切り続けるだろう。
ダミアンは宝物であるリリスを誰かに渡すなんてことはしたくない。
成長するごとにリリスへの想いと愛情は強くなっていった。
ダミアンの心はリリスのことで埋め尽くされていく。
恋心は嫉妬と独占欲へと姿を変えていった。
リリスはいずれ魔族のもとへ嫁に行ってしまう、そんなこと許せない。
だからダミアンは小さな頃からリリスに魔族のことが嫌いになるように、ミルキの目を盗んでは恐ろしい魔族が描かれている絵本を読んだ。
魔法王国ルーナでは魔族も魔物も恐ろしい存在として周知されている。
守ってあげられるのはダミアンだけだと、優しく優しく声をかけていた。
リリスがダミアンを求めるように、愛するように思い描きながら。
愛情も恋心も混ざりあって歪んでいく。
きっとこれがダミアンの愛。
リリス。
君は宝物だ…。
二人の背中を追いかけながら、ダミアンは静かに心を踊らせていた。
長年入ることが禁じられている場所に入れることを許されたのだ。
それだけで、少し認められて大人になれたような気がした。
こうやって出来ることが、どんどん増えていくと成長したように思う。
父上のような立派な侯爵になりたい。
黒い背中を見つめて、そう思いながら歩いていたら視界に唐突に薔薇姫の塔が現れた。
気づかないうちに目的の場所に着いていたみたいだ。
さっきまではすごく遠くに見えていたのに、門の前まで来ていた。
金属の軋む音を立てて、ミルキが薔薇姫の塔の門を開ける。
「どうぞ、入ってください」
門をくぐると石造りの階段が続いている。
ひんやりとした空気の中に薔薇の香りとお菓子の香りが漂っている。
その香りで本当にここに女の子が住んでるんだとダミアンは思った。
階段を登りきると、薔薇のモチーフが彫られた木の扉の前に着く。
ミルキが扉を叩いた。
「リリス様、ミルキです。
お父上とダミアン様を連れてきましたよ。
開けますね」
「はーい」
ミルキがそっと扉を開けるとそこには、見たことも無いくらい美しい女の子が座っていた。
艶やかで長い黒髪に、宝石のような赤い瞳が驚いたようにダミアンを見ている。
その視線に自分が映ったというだけで、ドクンと心臓が跳ねた。
女の子はおずおずとソファーから立ち上がると、くるりとこちらを向き、着ている赤いワンピースの裾を両手でつまみ軽くおじぎをした。
淑女の挨拶だ。
「はじめまして!
リリスです」
小さくお人形のような女の子が動いている。
その動きにダミアンは魅入ってしまい、自分が挨拶するのを忘れてしまう。
ぼんやりしているダミアンの肩を父上がぽんぽんと軽く叩いた。
「ダミアン、お前も挨拶なさい」
「あっ…。
ダミアンです」
息をするのを忘れてしまうくらいに、体中が熱くなる。
こんな感情、今まで感じたことがない。
この感情を何と呼ぶのかダミアンは頭を働かせて考える。
相手は五歳の女の子。
かわいいのは当たり前。
ダミアンは高鳴る鼓動を落ち着かせようとして深呼吸を繰り返していた。
おかげで周りの声が耳に届かない。
リリスだけを目で追っていた。
酸素がたりない頭の中でダミアンはこの感情の答えを導き出す。
この感情は恋?
こんなにも簡単に人は一目で恋に落ちるのかと衝撃が走る。
「お久しぶりです」
リリスが父上にも挨拶をしている。
「うむ、淑女の挨拶が出来るようになっているとは成長しておるな」
「ミルキに教えてもらったの」
褒められて嬉しそうに満面の笑顔をしている。
なんて可愛らしいのだろう。
笑っている赤い瞳を眺めて、こちらも嬉しくなってくる。
「リリスよ。
ダミアンは今日からこの塔に入れることになった。
一緒に遊ぶと良いぞ」
父上がリリスにダミアンのことを説明している。
「一緒に遊んでもいいのですか?」
父上が無言で頷く。
「うれしい。
じゃあ、一緒に遊びましょう」
キラキラとした赤い瞳がダミアンを捕らえる。
見ているだけで嬉しいのが分かった。
ダミアンに向けられた笑顔が眩しすぎて、いつものように動けない。
鼓動が早くなっていく。
「うん、一緒に遊ぼうか…」
リリスが嬉しそうに、何で遊ぼうかと部屋の中を見回す。
積み木にぬいぐるみ、楽器と悩んでいたが、本棚から絵本を取り出した。
絵本を持ってダミアンの方へ近づいてくる。
「ダミアンお兄さま!
リリスに絵本をよんでください」
なんだろうこの既視感は…。
早まる鼓動とはべつに何か違う物がダミアンの中に入ってくる。
赤い瞳とダミアンの瞳が合わさる。
「あっ…」
ダミアンのなかの何かカチリと噛み合う音がした。
赤い瞳に反応して、忘れていたことが映像となって頭の中に流れ込む。
初めての妹だと思っていたエリカの記憶がリリスへと塗りかわる。
記憶の中で眠っている赤子の瞳の色は黒ではなく血のように赤い。
両親はそれを恐ろしい程に喜び笑みを浮かべる。
その傍らに立つ男ミルキは赤子に慈愛の表情を浮かべ微笑んでいる。
その口からのぞく白い歯は人ではありえないほどに鋭い。
…なんで、忘れていたのだろう。
大切な記憶であるはずなのに。
この子はダミアンにとっての初めての妹だ。
エリカに向けられていた愛情はこの子にこそ向けられるべきものだったんだ。
見ない間にこんなにも成長していた。
一人でこの場所にいたのだろうか、遊び相手もいないのはさぞ退屈だっただろう。
「…ダミアン様?」
ミルキがぼんやりと虚空を見つめ心ここに在らずのダミアンに話しかける。
「思い出した。
やりとりも全て。
でも、お前は使用人だからミルキって呼ぶ」
「それで、結構ですよ。
ダミアン様」
満足そうにミルキは微笑みを浮かべる。
リリスは絵本を持ったまま不思議そうにダミアンを見ていた。
「おいでリリス。
あそこで座って読もう…」
小さなリリスに手を差し伸べる。
リリスは嬉しそうにその手を取った。
「はい、お兄さま」
そのお兄さまという言葉にダミアンの心がずきりと痛む。
一瞬で恋に落ちたのに妹だった。
知る前に感じた恋心が今も体の中で叫び出す。
あの熱病のような感情をこんなにすぐに手放すことなんて出来はしない。
だからダミアンはずっとリリスを愛するだろう。
ダミアンにとっての宝物は、きっとこのリリスという女の子。
「リリス、僕が君と毎日遊んであげるよ。
僕のことはダミアンって呼ぶといい」
「ダミアンお兄さま?」
「違うよ。
そのままダミアン」
「ダミアン!」
「うん、よくできました」
この日からダミアンは毎日、薔薇姫の塔に通うようになった。
思い出した記憶と薔薇姫の伝承を聞かされてからは、より一層熱心にリリスの元へ通った。
エリカという妹はダミアンの中で景色のように無色に溶け込んでいった。
***
『薔薇姫リリス。
オプスキュリテ侯爵家に数百年周期で産まれる、黒髪に赤い瞳の女児のことだ。
彼女は必ず魔族の王族へ嫁ぐことになっている。
そして我ら一族はその返礼として恩恵ギフトが魔族の方々から与えられる。
無尽蔵の魔力。
そしてワシは富を手に入れ妻は不老を手に入れた。
薔薇姫リリスを頼んだぞ、ダミアン。
魔族の王族に引き渡すその日まで、あの子を守り育てるのだ』
父上の言葉を胸に抱きながらもダミアンは父と一族を裏切り続けるだろう。
ダミアンは宝物であるリリスを誰かに渡すなんてことはしたくない。
成長するごとにリリスへの想いと愛情は強くなっていった。
ダミアンの心はリリスのことで埋め尽くされていく。
恋心は嫉妬と独占欲へと姿を変えていった。
リリスはいずれ魔族のもとへ嫁に行ってしまう、そんなこと許せない。
だからダミアンは小さな頃からリリスに魔族のことが嫌いになるように、ミルキの目を盗んでは恐ろしい魔族が描かれている絵本を読んだ。
魔法王国ルーナでは魔族も魔物も恐ろしい存在として周知されている。
守ってあげられるのはダミアンだけだと、優しく優しく声をかけていた。
リリスがダミアンを求めるように、愛するように思い描きながら。
愛情も恋心も混ざりあって歪んでいく。
きっとこれがダミアンの愛。
リリス。
君は宝物だ…。
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