グリモワールの修復師

アオキメル

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2章 リリスと闇の侯爵家

62 ダミアンの宝物その二

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 赤子の瞳が開いたその日。
 屋敷は産まれた時よりも、歓喜の空気に包まれた。
 働く使用人ですらも、産まれた赤子が何か特別な存在であると噂し。
 祝福の空気が流れた。

「この子は薔薇姫リリスよ。
 オプスキュリテ侯爵家の特別な子。
 ダミアンがもう少し大きくなったなら薔薇姫の伝承いいつたえを教えよう」

 リリスそれが妹につけられた名前だ。
 まだダミアンは小さいので詳しいことは教えてもらえなかったが、特別な意味を持つ赤子らしい。
 リリスは本邸の中で選ばれた使用人だけで世話がされるようになった。

 リリスが産まれて数ヶ月が過ぎた頃、屋敷に黒服の男がやってきた。
 屋敷の窓からダミアンはなにか良くないものを感じて、門をくぐるその男を見た。
 男の方も視線を感じてか顔を上げる。
 ダミアンと目線が重なった。
 白い肌に黒髪、暗く底が見えない青い瞳がダミアンの心を不安にさせる。
 弾かれたように、ダミアンは部屋の奥に隠れた。
 怖いと一瞬思ったが、屋敷に来た怪しい訪問客は気になる。
 ダミアンは見つからないように様子を見に行くことにした。
 自分の部屋から抜け出して、屋敷の玄関に向かう。
 すれ違った使用人に走ることを注意されたが、気にしないで駆ける。
 玄関ホールに着いた頃、ちょうど両親が男を迎えている所だった。
 ダミアンは気づかれないように、柱の影から様子を隠れ見る。

「この度は、薔薇姫誕生おめでとうございます。
 オプスキュリテ侯爵家の皆様」

 男の纏う漆黒の燕尾服が礼とともにはためいた。
 姿勢が整った綺麗な動きだ。
 男の動きと優美な顔に玄関ホールにいる者はみな目を奪われる。

「魔王国アビスからやって来ました。
 ミルキと申します。
 薔薇姫誕生の知らせは既に届いております。
 王城で管理している、誕生を知らせる薔薇姫の冠に花が咲きました。
 この度、産まれた赤子は薔薇姫リリス様で間違いないでしょう。
 使者として、こうしてこちらに来ました」

「ようこそおいでくださいました。
 使者のミルキ様。
 ワシがオプスキュリテ侯爵です。
 こちらは妻」

「ようこそ、ミルキ様。
 どうぞこちらへ。
 リリスがいる部屋に案内しますわ」

 玄関ホールにいる者達が、リリスが眠る部屋へと移動している。
 ダミアンがいる廊下をちょうど通ることになる。
 ダミアンは慌てて元来た廊下へ駆け出そうとしたが、足がもつれて転んでしまった。
 痛さで涙が滲むが、声はあげなかった。
 ゆっくりとした動作でダミアンは座り込む。
 そこでミルキを引き連れた両親の目に、涙目で座り込むダミアンの姿が映った。

「…ダミアン?」

「失礼、客人よ」

 そう言って母上がダミアンに近寄り、ダミアンの手を握りそっと立たせてくれた。
 ダミアンの瞳にミルキと名乗った男が映る。
 不安に瞳が揺れ、心臓が跳ねた。
 何故かあの男を見るたびに、嫌なものを感じる。

「…ダミアン転んでしまったのだろう?泣かずに偉いのう。
 さぁ、ここにいるのならば客人のミルキ様にご挨拶を」

 不安に揺れる心を押さえて、叩き込まれている挨拶を口にする。

「…オプスキュリテ侯爵家の息子ダミアンです」

「お小さいのに、ご挨拶できて偉いご子息ですね」

「ええ、自慢の息子です」

 母上が優しく頭を撫でてくれた。
 安心感で不安な気持ちが少し薄れる。

「ダミアンも小さいが関係者だ。
 事情はまだ分かっておらぬが、ワシらと一緒にリリスの部屋にいこう」

 父上がそう言ってくれたので、ダミアンも一緒にリリスがいる部屋に向かうことになった。
 母上に手を握ってもらい、廊下を進んでいく。
 男のことを気にして歩いていたら、いつの間にか目的の部屋の前に着いていた。
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