グリモワールの修復師

アオキメル

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2章 リリスと闇の侯爵家

53 メルヒの憂いその一

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「「「主様!!!」」」

 屋敷の扉をくぐると、三人はメルヒを大きな声で呼んだ。
 別に叫ばなくても使い魔なので、何かあったことは伝わってるはずだか、叫ばずにはいられなかったみたいだ。

「ここにいるよ…
 何かあったんだよねぇ?」

 シャランとメガネの装飾鎖を揺らしながら作業着の白衣を着たメルヒが地下の階段から顔を出す。
 屋敷に帰ってきた四人の姿を見てメルヒは驚いた。

「これは、思ったよりも大事が起きてるねぇ」

 リリスはぐったりしているし、エメラルドの服は砂埃で汚れ、所々服がちぎれている。
 リリスを肩に担ぐ二人は途中で転んだのが、靴下に擦ったような泥汚れが付着していた。
 メルヒは一番症状が悪そうなリリスに近づく。
 瞳に手をかざしても反応が鈍かった。

「主様…森に狼の魔族がいたの」

「リリス、連れていかれそうになった」

「…申し訳ありません。
 魔族に気づくのが遅れてしまって…。
 応戦したのですが…」

 メルヒはカラス達の言葉に何が起きたのか理解した。
 あの狼の魔族がまたこの辺りにいて、リリスに何がしたようだった。
 森で作業をお願いしたことをメルヒは悔やむ。
 一番戦ってくれたと思う、エメラルドの頭を優しく撫でた。
 この子はいつだって、真っ先に敵の前に出る勇気がある子だ。
 欲しがるものはいつだってみんなを守るための武器ばかり。
 次にサファイアとルビー。
 心優しい二羽のカラス、思いやりと知恵を持ってる。

「エメラルド、サファイア、ルビー、リリスを守ってくれたんだね。
 ありがとう」

 悔しいのか不服そうにエメラルドは下を向く。
 サファイアとルビーも悲しそうにしていた。
 三つ子のカラス達はとても家族思いの生き物だ。
 屋敷を巣と捉えていて、住むものはみな家族だと思っている。
 家族が傷つくことをとても嫌う、心優しい者達だ。

「すぐにリリスを部屋に寝かせてあげよう。
 かして、僕が運ぶ」

「「はい…」」

 サファイアとルビーからリリスを引き継ぐ。

「よっこらせ」

 初めて会った時みたいにリリスをお姫様抱っこで持ち上げた。
 少し前のことなのに、なんだか懐かしい気がする。
 黒髪に白い肌、赤いマントがよく似合ってる。
 嘘みたいに、綺麗な子。
 瞳をひらけばその魔性の瞳が心を掴んで離さない。
 リリスの唇に視線が移る。
 唇に血の痕があった。
 それだけで、あの狼に何をされたのか思い浮かべてしまう。
 透明な水に黒い墨が落ちたような感覚が心に広がる。

「お嬢さんは、よく襲われるねぇ」

 リリスから視線を外し、歩を進める。
 見つめていると、色んなことを想像してしまいそうだった。
 コツンコツンと靴の音を響かせながら、階段を登った。
 少し歩けばリリスの部屋だ。

 ***

 リリスの部屋に着いた。
 そっと椅子に座らせる。
 赤いマントが汚れていたのでカラス達に支えてもらいながら、脱がせた。
 マントのおかげか服は綺麗だったので、リリスをそのままベットに寝かせる。

「これでひとまずは大丈夫だねぇ。
 僕が診ているから、カラス達もお風呂に入っておいで…」

「主様…リリス大丈夫?」

「心配ですわ」

「…エメ守れなかった」

 三人はずっとしょんぼりした様子でいた。

「大丈夫だよ、元気になる。
 たくさん魔力を奪われたから、ぐったりとしてるだけだよ。
 魔力は生命力と密接に繋がってるから、奪われたら、こうなるよねぇ」

 メルヒは作業着のポケットの中から小瓶を取り出す。
 ガラス瓶の中で、未だ消えない黄金の蝶が慌ただしくはばたいていた。

「蝶々」

「夢の魔法」

「…暖かい力。
 リリスの助けとなるために生まれた蝶。
前もリリスを元気にしてくれた」

 カラス達がガラスの小瓶を見つめると安心した表情になる。

「この蝶々もあるから、大丈夫だよ。
 お風呂に入っておいで」

 優しく三人の頭を撫でる。
 リリスを治すことができる物を見て納得したようで、すんなり頷いてくれた。

「「「…はい」」」

「体きれいにしたら、すぐ帰ってきますわ」

「カラスの湯浴みは、早いよ」

「…すぐ戻ります」

 三人ともカラスの姿に身を変え、廊下へ飛び去っていった。
 黒い影を三つ送り出すと、メルヒは眠るリリスに近づいた。
 リリスは何も悪くないと分かっていても、見下ろす瞳は何故だか冷たいものになってしまう。

「…さて、どうしてしまおうか」

 コトリと音をたてて、ベットサイドテーブルに蝶が入った瓶を置いた。
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