グリモワールの修復師

アオキメル

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2章 リリスと闇の侯爵家

48 修復師の弟子

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寒い季節が少しずつ和らいで、草木をおおっていた雪を溶かす。
 まだまだ寒さは残っているが、外に出られないということは無くなった。
 太陽の光も少しずつ暖かくなっている気がする。
 ここはルーナ王国と妖精の国の境界にある、魔術書グリモワールの修復師メルヒの屋敷だ。
 一族のしきたりから逃げ出した、リリスはこの屋敷に住み始めて一ヶ月になろうとしていた。
 この屋敷の主人である、メルヒを師としてグリモワールの修復師になるための勉強をしている。
 何処にも行くことの出来なかったあの頃とは違う充実した日々を送っていた。

「うーん」

 リリスは起きたばかりの体を起こし、窓の外を眺めながら体を伸ばす。

「今日も、穏やかな日々でありますように」

 そう願いを口にした。
 最初の頃は重要な役目から逃げ出した自覚があったので、いつ追っ手がくるのかとそわそわしていた。
 今もそれは変わらないが、この場所がリリスを安心させてくれる。
 修復師のメルヒに三つ子のカラス達、親友のフルールと猫ドラゴンのココ。
 リリスがこの場所に居られるのは、この場所に住む人達のおかげだ。
 朝の身支度を終え、仕事の準備をする。
 赤いワンピースに白いエプロンのリボンを後ろ手できゅっと結べば、一日の始まりを意識する。
 以前、街へ出かけた時にメルヒから貰った月のブローチを持っていくのも忘れない。
 作業する時は、落ちたりして物を傷つける恐れがあるので付けることは出来ないが、大切なブローチだ。
 机に置いてある真紅のベルベットで包まれた修復道具を持って、食堂で軽食を取ったあと、リリスは工房へ向かった。
 工房の扉を開ければ、いつものようにメルヒが作業机で仕事をしている。
 最近ではもう見慣れた光景だ。

「おはよう、リリス。
 ちゃんと眠れたかい?
 うーん、目の下にクマが出来てるねぇ
 勉強するのはいい事だけど、夜更かしは体に良くないよ」

「おはようございます。
 読んでいる本が面白くて、つい」

 昨夜読んでいた本のことを思い出す。
 修復についての考え方が記された本だった。
 メルヒが参考にと選んでくれた本を、リリスは寝る前にいつも読んでいる。
 おかげで修復についての考え方はだいぶ頭に入ってきたように思う。

「楽しいのならいいけどねぇ
 そのクマだんだん濃くなってるよ」

 メルヒの心配そうな視線を受ける。
 そんなに目立っていたかしら。

「そうでしょうか?」

 メルヒが手鏡を渡してくれる。
 確かに映った私の目の下にはくっきりとクマが出来ていた。
 軽い化粧ではごまかせなかったみたいだ。
 本に夢中になりすぎて、夜ふかしをしすぎたかもしれない。

「これは確かに…。
 今日は早く寝ることにします」

「そうしてくれると、僕も安心だよ。
 ステラが来た時に驚いてしまうと思うしねぇ。
 さてと、今日やることを説明しようか」

 メルヒが椅子から立ち上がり、私を薬草棚の前に手招きする。
 そこに並んでいる瓶の中には乾燥した草花や木の実が入っていた。
 魔素の粒子がガラスの中で漂っていた。
 何に使うものなのかしら。

「そろそろ外に気軽に出れる気候になってきたから、材料集めをして欲しいと思っているよ。
 見ての通り材料があまりない」

 並んだ瓶を見てると無くなってる素材もあるみたいだった。

「材料集めですか…。
 これは、何に使うものなのでしょう?
 植物や木の実ですよね。
 魔素の粒子が少し舞ってるようですけれど」

「今日もその瞳は便利だねぇ。
 これらは魔術書グリモワールの製本や修復に使う、紙や布クロスを染色するための材料なんだ」

「染色?
 この植物や木の実で色が出るのですか?
 不思議ですね」

「植物や木の実を使うものは天然染料と呼ぶねぇ
 他には合成染料というものもある。
 リリスの着ている赤色のワンピースは合成染料で染めてそうだよねぇ」

 リリスは改めて自分の服を眺める。
 どんなことをしてこの服をこの色に染めたのか気になりだした。

「染色について、考えたこと無かったです。
 知ってみると面白そうな分野ですね」

 メルヒが植物を使って紙を染めると言ってたことを踏まえて、部屋に置いてある修復で使う紙を眺める。

「修復で使うこの茶色の紙もここで染めているのですね。
 こういう色がついた材料でできているのかと思ってました」

「それぞれの紙に合った古色ってなかなか出しずらいものだから、合わせて染めたりもするんだよ」

「この瓶の中の植物が染色の材料というわけですね。
 私、どんな色がでるのか気になります」

「染色したものは全て、サンプル表としてレシピと一緒に本にまとめてあるよ。
 興味があるなら、見てみるといいよ。
 染色についてまとめてある本もあるけど…。
 そのクマが消えたら渡そうかな」

 すぐにでも読みたいと思ったが、また今度になりそうだった。
 残念な気持ちになる。
 心配させてしまったので、今夜はちゃんと休まなくてはいけない。

「この染色で使う植物を外に行って、採ってきて貰いたいわけなのだけど。
 リリスは、庭や森にまだ行ったことないよね?」

「ここの屋敷の周辺ですか…
 玄関からゲートまでの道しか知りません」

「それなら、一人だと不安だよねぇ。
 おいで、カラス達」

 メルヒが呼びかけると、廊下の方から複数の羽ばたく音が近づいてくる。

「「「御用でしょうか?」」」

 扉が開くと幼女メイドの三人が現れた。
 青い瞳のサファイアに赤い瞳のルビー、緑の瞳のエメラルド。
 三つ子のカラス達だ。
 メルヒの使い魔としてこの屋敷に住んでいる。

「誰かリリスと一緒に外で染色の材料を集めてきて欲しいのだけど、誰か行ってくれる?」

「行きますわ!」

「ボクもついてく!」

「行きたいけど。
 エメはちょっと手が離せない…」

 無表情のなかに残念そうな寂しそうな感情が微かに浮かんでいる。
 一緒に行きたいと思ってくれているようだ。

「エメラルドはいつも二人とは違う仕事を任せてるからねぇ。
 いつもありがとう。
 僕だけでも大丈夫だから、三人とも一緒に行ってきて大丈夫だよ。

 メルヒはエメラルドの頭を優しく撫でた。

「…良いのですか?」

 メルヒはエメラルドに頷く。

「三人ともリリスを頼んだよ」

「「「はい」」」

 カラス達が一緒に来てくれるみたいだ。

「みんな一緒なら、迷子になりませんね。
 ありがとうございます」

 メルヒから必要な植物のリストと植物サンプルを受け取り、籠を手に持ち外へ行く準備をする。

「仕事だけど、息抜きだと思って庭をのんびり散歩してくるといいよ」

「はい、では行ってきます」

「「「いってきまーす」」」

 サファイアとルビーとエメラルド連れて、リリスは庭に向かった。
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