グリモワールの修復師

アオキメル

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2章 リリスと闇の侯爵家

47 レインの企み

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 鼻歌を歌いながら、レインはオプスキュリテ家の廊下を歩く。

「あたしも何か面白いことしたいわね」

 王子達から、このオプスキュリテ侯爵家と協力をして薔薇姫を連れ戻すように命を受けた。
 命令には従うけれど、あたし風にアレンジしてもいいわよね。
 レインは赤紫の瞳を細め微笑む。
 簡単に知ってることを教えるのではつまらない。
 あたしにも何かいいことがなければ、教えたくない。
 レインはオプスキュリテ家の屋敷を散策することにした。
 興味を持てそうな人物はいないか、屋敷を探す。

「ここの人間って、どんなやつがいるのかしらね」

 最初に目に止まったのは派手な身なりで大きな扇子を持つ若い女とメイド達だった。
 そっと、気づかれないように様子を見る。

「奥様、今日も素敵ですわ!」

「お肌のハリとツヤが若々しいですわ。
 メンテナンスしている、我々も誇らしいです。
 とても子が居るようには見えませんわ」

「ふむ、当然のことよ。
 だがの早くあの娘を見つけなければ、妾はこの姿を保てぬようになるかもしれん」

 女がしゅんと眉を下げるとメイド達は目を潤ませながらその女の心配するような眼差しを向ける。

「奥様のことを誰よりも愛している旦那様が、必ずなんとかして下さいますわ」

「そうだと、良いがの。
 我が夫は命じるだけだから期待はしておらぬよ。
 どちらかと言えば、ダミアンとエリカに期待しておる。
 特に最近のエリカはがんばっておるからな。
 これ以上悪いことが重ならぬことを願うとしよう」

 憂う顔を扇で半分覆いながら、女とその集団は視界から消えた。

「うーん、惹かれないわね」

 この女に教えても得はなさそうだ。
 好みでも、美味しそうでも無い。
 視線を別の方向へ移動させる。
 そこには年の離れた姉妹が柱の影から何かを見ていた。
 黒髪を縦ロールにした気の強そうな少女と黒髪で氷を思わせる灰色の瞳を持った幼女だ。
 視線を辿ると、姉妹と同様の黒髪を持つ男が一人で廊下を歩いていた。

「なんだか、気になるわね。
 あの子と似た色彩だわ」

 ペロリと唇を舐める。

「メアリー、ここで待っていてね。
 わたくしはダミアンお兄様とお話があるの」

「お姉様、あの人とお話するの?」

「あの人じゃないわ、貴方のお兄様でもあるのよ」

「…?」

 分からなそうにメアリーという幼女は、ころんと首を傾げる。

「ダミアンお兄様が、私に攻撃してきそうならメアリーも援護してね」

「エリカ姉さま、分かったわ」

 エリカという少女は優しく妹に微笑み、妹の髪を優しく撫でた。
 頭から手を離すと、エリカは顔を引きしめて黒髪の男の前に出る。

「ダミアンお兄様」

 男はチラリとエリカを見ると、興味がなさそうに通り過ぎようとする。
 そこで、エリカは男の前に立ち塞がった。

「お兄様!」

「邪魔だ、どけよ」

 平坦な声で男は告げる。

「どきません。
 私、お兄様に聞きたいことがあるのです」

 絡まれることが心底嫌そうに、男は溜息を吐く。
 問答をするのも無駄と思ったのか、諦めてエリカを見た。

「なんだ?」

「お兄様は、この家のために薔薇姫様を探しているのですよね?
 ちゃんと魔族に引き渡す気はあるのですか?」

 その問いかけに、男は鼻で笑った。

「何をバカバカしいことを聞いている?
 当然のことだ。
 この家の為にも早くリリスを見つけないとな」

 そのままエリカを通り過ぎようとする。
 そこにエリカはまた問いかける。

「お兄様はこの家のために薔薇姫様とお別れできるのですね?」

「…何がいいたい」

 エリカを見る目がより鋭くなる。

「私、知っているのです。
 お兄様があの薔薇姫様に心奪われてること…」

「…リリスは私にとって大切な妹だよ」

 エリカを訝しむような視線に切り替わる。

「私、小さな頃に入った薔薇姫の塔でお兄様を見た時からずっと知っていましたわ。
 あの方が自分の姉だと気づいてなかったからこそ思ったのです。
 お兄様の最愛は薔薇姫様だって。
 そんなお兄様が、他人のために薔薇姫を差し出すでしょうか?
 あの方のことになると表情も態度も全然違いますよ。
 父様も母様も、一人であの塔に通ってるのを面倒見が良いなんて褒めていたけれど、私はとてもそうには見えなかったわ」

「ふーん、だからお前は私がリリスをどこかに隠してるんじゃないかって疑ってるの?」

「いいえ、そこまでは言っていません。
 既にそんなことしていたら、お兄様はここにいないでしょう。
 ただダミアンお兄様ならば、薔薇姫様を見つけても誰にも見つからないように隠してしまうのではと懸念してるだけですわ」

「それをわざわざ言いに来たの?」

「そうですわ。
 私は、お兄様に忠告をしに来たのです。
 よからぬ事を考えてはいけません
 会議の時も思いましたけれど、考えてることが顔に出てますよ」

 エリカはダミアンをまっすぐと見つめる。

「ふん、いらぬ忠告だな」

「お兄様は私や末の妹の事など、興味が無いかも知れませんが。
 もう少し周りに目を向けてください。
 あの薔薇姫の塔の頃から、家の事を知り私はそれはもう勉強して強くなりましたのよ。
 お兄様が何かするよりも先に、私が薔薇姫様を見つけてみせますわ。
 恋だの愛だのうつつをぬかしている、お兄様を私は正気に戻したいのです。
 なにか悪いことが起こる前に…」

 黒い炎がエリカの指先に灯る。
 撃ち抜くような形に手を動かすと。
 黒炎は銃弾となり顔の横を通り、音もなく空中で消えた。
 ダミアンはそれに攻撃的な眼差しをエリカに向ける。

「これは、脅しかな?
 兄に向かってひどいことをする。
 私はいつでも正気なのだが…」

 ダミアンは指先を動かすと、エリカ自身の影が揺らめいた、その影がエリカの足を掴もうとしたところで何かに弾かれる。

「姉さまをいじめないで!」

 幼女が両手をかざして、男を睨む。
 エリカを守るように、薄い氷の板が現れた。

「ちっ、私の邪魔をするな!
 言いがかりを付けられてるのは私だぞ。
 なんだこの子供は、黒髪ということは…。
 ふん、もういい」

「ダミアンお兄様!」

 子供とはいえ、二人では分が悪いと思ったのか男は歩き去る。
 苛立ちを隠せないという表情で親指の爪を噛んでいた。

「あらぁ、兄弟ケンカかしら。
 どっちの子も面白そうね。
 この子達にちょっかいかけようかしら。
 あの味方のいなさそうな黒髪の男が気になるわね。
 やっぱり、若い男って興味湧くわ」

 そっと、男のあとをレインは追いかける。
 どうやって、この男を自分ために利用しようか。
 王子達に執事にこの男、みんな薔薇姫に深い執着を持つ者ばかりだ。
 そして、あたしもまた薔薇姫に興味が出てしまった。
 男の愛情も美味しそうな薔薇姫も、全部全部あたしは欲しい。
 この全てが手に入ったらと考えるだけでゾクゾクするような快感を感じた。

「楽しいことをはじめましょう」
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