グリモワールの修復師

アオキメル

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1章 リリスのグリモワールの修復師

39 修復作業~アメリアの絵本~

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「さて、使うインクから分かったから、この魔術式の上から描いていくよ」

メルヒは、実験で何の変化も起こらなかった『月夜』のインクを筆に吸わせる。
絵本に負担がかからないように、三角型の書見台しょけんだいを表紙の下に差し込み安定させ、ページが閉じないように布で作られた重しを置いた。
こういう時、無理に開くと綴じに負担がかかる。
本に無理をさせないように自然に開くのが良いらしい。

「これで描きやすいねぇ」

メルヒは私が書いた模写を立てかけて置き、よく見ながら魔術式が掠れている部分にインクをのせた。
ゆっくりと文字を描いてゆく。
筆を払ったところで式が輝いた。
激しい反応もなく無事インクも馴染んだようだった。

「ふぅ、大丈夫そうだねぇ」

メルヒは息をついた。

インクが乾くのを待って、裏表紙の魔術式を描く準備をする。
こちらは文字がほぼ消えているようなものなので、元の魔術式の上から新しく付与するようなやり方になる。
筆を手に取り、先ほどよりもゆっくりとしたペースで描き進める。
インクが乾いていくと紺色の濃淡が表れグラデーションのような色になった。
他のページの色も改めてよくみれば紺色ぽい黒だった。
描いた当時はこれくらい鮮やかだったのかもしれない。
メルヒが筆を離すと式が輝きはじめる。

「できた。
あとは乾燥させて、きちんと作動したら完成だねぇ」
「最初のページからめくってみるの楽しみですね」
「今回はリリスのおかげでスムーズに作業できたと思うよ」
「お役に立てたのなら、よかったです」

試し書きのつもりが、いつの間にか模写の作業させられたのだけれど。

インクが乾くのを待ち、本を閉じる。
このまま無事に声が流れれば完成だ。

「じゃあ、開くよ」

早く、老婦人アメリアにこの本を届けて声を聞かせてあげたい。
祈るような気持ちでメルヒが表紙を開くのを眺めた。
表紙を開くと見返しがある、その先のページから声が流れるはずだ。
固唾を飲んでめくる手元を凝視してしまう。
メルヒが見返しをめるくと、タイトルを読み上げる声が流れた。

「動いているねぇ」

次のページをめくる。
こちらも本文に書かれているように、耳馴染みの良い優しい声が聞こえる。
子供に優しく語りかける声だ。
どうやら、順番通りに魔術式は起動しているみたいだ。

「修復完了ですね」

嬉しくて私は心が晴れやかな気持ちになった。

「アメリア様に完成した絵本を渡しに行かないとねぇ。
その前に修復後の記録を記入してからだよ」

老婦人アメリアに絵本を渡すことを考える。
どんな思いでこの声と再会するのだろう。
想像するだけで、心がぽかぽかするような気持ちになる。
修復って思い出を取り戻す素敵な仕事だと思った。

「リリス、直ったからって終わりじゃないよ。
記録を取ってからやっと終わりなんだからねぇ」

メルヒの言葉を上の空で聞き逃す。
返事もしないで、ぼんやりしていたせいか、メルヒがこちらを眺めていた。

「聞いてるかい、リリス?」

「えっ?はい、すいません。
直ったのが嬉しくて、渡すことばかり考えてました。
声だけでもお母様と再会させてあげられると思うと感動的で…」
「リリスにとっては、依頼人がいて修復するのは初めてだもんねぇ。
気持ちは分かるよ。
きっと、喜んでもらえるさ」

メルヒの言葉に口角があがる。
アメリアにこの絵本を届けるのが楽しみでしかたない。

「楽しみなのは分かるけど、きっちり最後まで流れを見ててねぇ」

メルヒと一緒に修復後の記録を紙に記入していく。
損傷状態に、使った素材、直した年月日、記入者、完成後の状況など細かに記入していく。

「また、あの絵本に何かあった時の参考になるからねぇ。
この記録は修復カルテと言うのだけど、原本げんぽんはここで保管して、コピーは依頼人に渡すよ。
報告書にまとめることも多いけどねぇ。
どの本にもカルテはしっかり細かく記入するんだよ。
過去にどんなことをしたのか分からないのは問題だからねぇ」
「記録をとることは大切なのですね。
手を抜かないでしっかり書くことにします」

メルヒの書く作業を眺める。
そのうち私もこうやって本を直す日が来るのかもしれない。
今はまだ少しのお手伝いしか出来ないけれど。
修復カルテの記入も終わり、筆記道具を置く。

「これで全ての工程が終わったよ。
依頼人に絵本を届けに行こうか」

メルヒの許可が出たので私は絵本を封筒に入れ、腕に抱えた。
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