39 / 111
1章 リリスのグリモワールの修復師
39 修復作業~アメリアの絵本~
しおりを挟む
「さて、使うインクから分かったから、この魔術式の上から描いていくよ」
メルヒは、実験で何の変化も起こらなかった『月夜』のインクを筆に吸わせる。
絵本に負担がかからないように、三角型の書見台を表紙の下に差し込み安定させ、ページが閉じないように布で作られた重しを置いた。
こういう時、無理に開くと綴じに負担がかかる。
本に無理をさせないように自然に開くのが良いらしい。
「これで描きやすいねぇ」
メルヒは私が書いた模写を立てかけて置き、よく見ながら魔術式が掠れている部分にインクをのせた。
ゆっくりと文字を描いてゆく。
筆を払ったところで式が輝いた。
激しい反応もなく無事インクも馴染んだようだった。
「ふぅ、大丈夫そうだねぇ」
メルヒは息をついた。
インクが乾くのを待って、裏表紙の魔術式を描く準備をする。
こちらは文字がほぼ消えているようなものなので、元の魔術式の上から新しく付与するようなやり方になる。
筆を手に取り、先ほどよりもゆっくりとしたペースで描き進める。
インクが乾いていくと紺色の濃淡が表れグラデーションのような色になった。
他のページの色も改めてよくみれば紺色ぽい黒だった。
描いた当時はこれくらい鮮やかだったのかもしれない。
メルヒが筆を離すと式が輝きはじめる。
「できた。
あとは乾燥させて、きちんと作動したら完成だねぇ」
「最初のページからめくってみるの楽しみですね」
「今回はリリスのおかげでスムーズに作業できたと思うよ」
「お役に立てたのなら、よかったです」
試し書きのつもりが、いつの間にか模写の作業させられたのだけれど。
インクが乾くのを待ち、本を閉じる。
このまま無事に声が流れれば完成だ。
「じゃあ、開くよ」
早く、老婦人アメリアにこの本を届けて声を聞かせてあげたい。
祈るような気持ちでメルヒが表紙を開くのを眺めた。
表紙を開くと見返しがある、その先のページから声が流れるはずだ。
固唾を飲んでめくる手元を凝視してしまう。
メルヒが見返しをめるくと、タイトルを読み上げる声が流れた。
「動いているねぇ」
次のページをめくる。
こちらも本文に書かれているように、耳馴染みの良い優しい声が聞こえる。
子供に優しく語りかける声だ。
どうやら、順番通りに魔術式は起動しているみたいだ。
「修復完了ですね」
嬉しくて私は心が晴れやかな気持ちになった。
「アメリア様に完成した絵本を渡しに行かないとねぇ。
その前に修復後の記録を記入してからだよ」
老婦人アメリアに絵本を渡すことを考える。
どんな思いでこの声と再会するのだろう。
想像するだけで、心がぽかぽかするような気持ちになる。
修復って思い出を取り戻す素敵な仕事だと思った。
「リリス、直ったからって終わりじゃないよ。
記録を取ってからやっと終わりなんだからねぇ」
メルヒの言葉を上の空で聞き逃す。
返事もしないで、ぼんやりしていたせいか、メルヒがこちらを眺めていた。
「聞いてるかい、リリス?」
「えっ?はい、すいません。
直ったのが嬉しくて、渡すことばかり考えてました。
声だけでもお母様と再会させてあげられると思うと感動的で…」
「リリスにとっては、依頼人がいて修復するのは初めてだもんねぇ。
気持ちは分かるよ。
きっと、喜んでもらえるさ」
メルヒの言葉に口角があがる。
アメリアにこの絵本を届けるのが楽しみでしかたない。
「楽しみなのは分かるけど、きっちり最後まで流れを見ててねぇ」
メルヒと一緒に修復後の記録を紙に記入していく。
損傷状態に、使った素材、直した年月日、記入者、完成後の状況など細かに記入していく。
「また、あの絵本に何かあった時の参考になるからねぇ。
この記録は修復カルテと言うのだけど、原本はここで保管して、コピーは依頼人に渡すよ。
報告書にまとめることも多いけどねぇ。
どの本にもカルテはしっかり細かく記入するんだよ。
過去にどんなことをしたのか分からないのは問題だからねぇ」
「記録をとることは大切なのですね。
手を抜かないでしっかり書くことにします」
メルヒの書く作業を眺める。
そのうち私もこうやって本を直す日が来るのかもしれない。
今はまだ少しのお手伝いしか出来ないけれど。
修復カルテの記入も終わり、筆記道具を置く。
「これで全ての工程が終わったよ。
依頼人に絵本を届けに行こうか」
メルヒの許可が出たので私は絵本を封筒に入れ、腕に抱えた。
メルヒは、実験で何の変化も起こらなかった『月夜』のインクを筆に吸わせる。
絵本に負担がかからないように、三角型の書見台を表紙の下に差し込み安定させ、ページが閉じないように布で作られた重しを置いた。
こういう時、無理に開くと綴じに負担がかかる。
本に無理をさせないように自然に開くのが良いらしい。
「これで描きやすいねぇ」
メルヒは私が書いた模写を立てかけて置き、よく見ながら魔術式が掠れている部分にインクをのせた。
ゆっくりと文字を描いてゆく。
筆を払ったところで式が輝いた。
激しい反応もなく無事インクも馴染んだようだった。
「ふぅ、大丈夫そうだねぇ」
メルヒは息をついた。
インクが乾くのを待って、裏表紙の魔術式を描く準備をする。
こちらは文字がほぼ消えているようなものなので、元の魔術式の上から新しく付与するようなやり方になる。
筆を手に取り、先ほどよりもゆっくりとしたペースで描き進める。
インクが乾いていくと紺色の濃淡が表れグラデーションのような色になった。
他のページの色も改めてよくみれば紺色ぽい黒だった。
描いた当時はこれくらい鮮やかだったのかもしれない。
メルヒが筆を離すと式が輝きはじめる。
「できた。
あとは乾燥させて、きちんと作動したら完成だねぇ」
「最初のページからめくってみるの楽しみですね」
「今回はリリスのおかげでスムーズに作業できたと思うよ」
「お役に立てたのなら、よかったです」
試し書きのつもりが、いつの間にか模写の作業させられたのだけれど。
インクが乾くのを待ち、本を閉じる。
このまま無事に声が流れれば完成だ。
「じゃあ、開くよ」
早く、老婦人アメリアにこの本を届けて声を聞かせてあげたい。
祈るような気持ちでメルヒが表紙を開くのを眺めた。
表紙を開くと見返しがある、その先のページから声が流れるはずだ。
固唾を飲んでめくる手元を凝視してしまう。
メルヒが見返しをめるくと、タイトルを読み上げる声が流れた。
「動いているねぇ」
次のページをめくる。
こちらも本文に書かれているように、耳馴染みの良い優しい声が聞こえる。
子供に優しく語りかける声だ。
どうやら、順番通りに魔術式は起動しているみたいだ。
「修復完了ですね」
嬉しくて私は心が晴れやかな気持ちになった。
「アメリア様に完成した絵本を渡しに行かないとねぇ。
その前に修復後の記録を記入してからだよ」
老婦人アメリアに絵本を渡すことを考える。
どんな思いでこの声と再会するのだろう。
想像するだけで、心がぽかぽかするような気持ちになる。
修復って思い出を取り戻す素敵な仕事だと思った。
「リリス、直ったからって終わりじゃないよ。
記録を取ってからやっと終わりなんだからねぇ」
メルヒの言葉を上の空で聞き逃す。
返事もしないで、ぼんやりしていたせいか、メルヒがこちらを眺めていた。
「聞いてるかい、リリス?」
「えっ?はい、すいません。
直ったのが嬉しくて、渡すことばかり考えてました。
声だけでもお母様と再会させてあげられると思うと感動的で…」
「リリスにとっては、依頼人がいて修復するのは初めてだもんねぇ。
気持ちは分かるよ。
きっと、喜んでもらえるさ」
メルヒの言葉に口角があがる。
アメリアにこの絵本を届けるのが楽しみでしかたない。
「楽しみなのは分かるけど、きっちり最後まで流れを見ててねぇ」
メルヒと一緒に修復後の記録を紙に記入していく。
損傷状態に、使った素材、直した年月日、記入者、完成後の状況など細かに記入していく。
「また、あの絵本に何かあった時の参考になるからねぇ。
この記録は修復カルテと言うのだけど、原本はここで保管して、コピーは依頼人に渡すよ。
報告書にまとめることも多いけどねぇ。
どの本にもカルテはしっかり細かく記入するんだよ。
過去にどんなことをしたのか分からないのは問題だからねぇ」
「記録をとることは大切なのですね。
手を抜かないでしっかり書くことにします」
メルヒの書く作業を眺める。
そのうち私もこうやって本を直す日が来るのかもしれない。
今はまだ少しのお手伝いしか出来ないけれど。
修復カルテの記入も終わり、筆記道具を置く。
「これで全ての工程が終わったよ。
依頼人に絵本を届けに行こうか」
メルヒの許可が出たので私は絵本を封筒に入れ、腕に抱えた。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
ヤンデレお兄様から、逃げられません!
夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。
エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。
それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?
ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
甘すぎ旦那様の溺愛の理由(※ただし旦那様は、冷酷陛下です!?)
夕立悠理
恋愛
伯爵令嬢ミレシアは、恐れ多すぎる婚約に震えていた。
父が結んできた婚約の相手は、なんと冷酷と謳われている隣国の皇帝陛下だったのだ。
何かやらかして、殺されてしまう未来しか見えない……。
不安に思いながらも、隣国へ嫁ぐミレシア。
そこで待っていたのは、麗しの冷酷皇帝陛下。
ぞっとするほど美しい顔で、彼はミレシアに言った。
「あなたをずっと待っていました」
「……え?」
「だって、下僕が主を待つのは当然でしょう?」
下僕。誰が、誰の。
「過去も未来も。永久に俺の主はあなただけ」
「!?!?!?!?!?!?」
そういって、本当にミレシアの前では冷酷どころか、甘すぎるふるまいをする皇帝ルクシナード。
果たして、ルクシナードがミレシアを溺愛する理由は――。
【本編完結】副団長様に愛されすぎてヤンデレられるモブは私です。
白霧雪。
恋愛
王国騎士団副団長直属秘書官――それが、サーシャの肩書きだった。上官で、幼馴染のラインハルトに淡い恋をするサーシャ。だが、ラインハルトに聖女からの釣書が届き、恋を諦めるために辞表を提出する。――が、辞表は目の前で破かれ、ラインハルトの凶悪なまでの愛を知る。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?
蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」
ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。
リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。
「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」
結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。
愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。
これからは自分の幸せのために生きると決意した。
そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。
「迎えに来たよ、リディス」
交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。
裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。
※完結まで書いた短編集消化のための投稿。
小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる