グリモワールの修復師

アオキメル

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1章 リリスのグリモワールの修復師

37 魔術式複製~アメリアの絵本~

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  メルヒに言われて、私は絵本に書いてある魔術式を次々描いていった。
  描き終わる度に優しい声の朗読が聞こえてくる。
  最後のページまできたところで、魔術式が掠れて見えた。
  よく見れば、裏表紙うらびょうしにも掠れた魔術式が見える。
  これが、原因だろうか?
  私は目を凝らして掠れて読みずらい文字を考え、紙にインクを乗せていく。

「おや、リリス。
 この掠れた文字を読みとったのかい?」

  メルヒは私のやっていることに気づく。

「僕にはなんて書いてあるのか、まるで読み取れないくらいに見えないのだけれど」

  そういって、ルーペで掠れている部分を見る。
  私の肉眼には僅かな粒子が残り文字をかたどっているのが見えていた。

「やっぱり分からないけど…
 この魔素ルーペは魔術式を見るには良いものだと思っていたけどねぇ」
「かろうじてですが、形が分かったので…」

  昨日よりも赤いこの瞳は魔素に反応しやすいのかもしれないと思いはじめた。
 メルヒにも見えていないものが私には見える。
  昨日よりも具合の悪さはないのでこのまま続けることにした。
  描いていた魔術式を完成させる。
  こちらも女性の声が流れ出す。

「動いたねぇ、直す時に使うならこの魔術式であってるねぇ。
 紙をあげるから、完成させない物も模写してみて」

  私はメルヒにそう言われて魔術式の掠れている箇所を再現していく。
  描き終わったが式は光らず何も起こらなかった。

「この掠れてるのが悪かったみたいだねぇ。
 あとは、どうしてこの箇所が壊れただけでどの式も作動しないのかだ。
 試しに描いたものを簡易的に本にしてみようねぇ。
 作動した魔術式だけ束ねるよ」

  メルヒは描いた模写を絵本と似たような装丁で簡易的にまとめていく。
  出来上がったものをめくると、全ての魔術式が作動し、一斉に声が流れ出した。

「…ひっ!」
「うわっ!」

  優しい声も一斉に喋れば不快でしかない。
  静かになるまで耳を塞いだ。

「これは、失敗だねぇ。
 大丈夫かい?」
「驚きました」

  塞いでいた手をゆっくり耳から離しメルヒの話を聞く。

「そうか…本にしてるから、この魔術式はひとつの塊として認識されてるんだ。
 他に何か作動に命令を与える式がどこかで壊れてるんじゃないかな。
 完全に消えて見えなくなってそうだけど…。
 記録を取った時はこれしかなかったしねぇ」

  困ったように片手で頭を掻き絵本の方に目を向ける。
  そういえば、裏表紙にも魔術式があるような掠れ方をしていたのだった。
  メルヒに言い忘れていた。

「描く時に見えたのですが、裏表紙に掠れている文字がみえたのでそれかも知れません」
「…えっ、裏表紙?」

  メルヒは私に言われて絵本の裏表紙をめくり眺める。
  分からなかったのかルーペを取り出したが首を捻っている。
  今度は無言で道具棚の引き出しに向かい、なにか白い粉がはいった小瓶を持ってきた。
  手のひらに粉をあけて、指先でつまみ裏表紙に振りかける。
  白い粉は何かに引き寄せられるように掠れて消えていた文字の形をとった。

「…リリス」

 メルヒがゆっくりとこちらを向く。

「これが見えてたって?」
「…えっと、かろうじてですよ?
 あくまでかろうじて」

 メルヒは椅子から立ち上がり、こちらに近づいてくる。

「これが見えるなんて本当に便利な瞳をしているねぇ。
 道具いらずだよ」

  メルヒは私の瞳を凝視する。

「瞳が赤いほど魔素を見る素質が高くなるとは聞いているけど…」

  瞳に吸い寄せられるかのように、顔が近づいてくる。

「この瞳には更にどんな素質が備わってるのか…」

  後ずさって逃げようとした私の顔を両手で包み固定された。

「…気になるねぇ」

  ゾクリと寒気が全身を駆け巡る。
  こちらに向けてくる視線が無機質で瞳の奥深くまで観察するような視線が投げかけられる。
  メルヒは私の瞳の赤い色味が増していることには気づくだろうか。
  メルヒのことが一瞬怖いと思ったが、ぼんやりとメルヒを見つめかえす。
  気が済んだのか優しく頬を撫でられ手を離してくれた。

「…申し訳ない。
 気になるとどうも調べたくなってしまって」
「…大丈夫です」

  一瞬、怖いとは思ったが厄介者でしかない私をメルヒはこの屋敷に置いてくれている。
  三つ子たちもあんなに慕っているのだから、メルヒはきっと優しい人だと信じられた。
  ポケットに入ってるブローチに触れる。
  あの公園でのやりとりを思い出し、心がじんわりと暖かくなる。

「ひとまず、この裏表紙の魔術式を模写もしゃしてもらえるかな?」

  静かな部屋にメルヒの声がとおる。
  アメリアのために魔術式を治さなくては。
  私はゆっくり頷いた。
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