グリモワールの修復師

アオキメル

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1章 リリスのグリモワールの修復師

34 修復方針~アメリアの絵本~

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老婦人アメリアが部屋から出ていった。
 私はメルヒに先程助手と言われたことを聞く。

「いつから私は助手になったのですか?
 まだ何も知らないのに…」

「僕の仕事を手伝うってことは、そういう事だからだよ。
 実際に物に触るのだからねぇ。
 修復作業とはどういう事なのか、教えてあげるよ。
 明日には道具も届くからねぇ。
 今から、工房で勉強しようか」

 メルヒの瞳が輝く。

「…主様、楽しそう。
 よかった」

 エメラルドが静かに口角を上げる。

「さっき街から帰ってきたばかりですよ…」

「依頼人がちょうど来たのだから、ちょうど良い機会だよ」

 メルヒは絵本を持ち工房へ向かう。
 私もしぶしぶメルヒのあとを追いかけた。
 エメラルドは執務室の片付けをするようで来なかった。

 ***

 工房に着くとさっそく作業机に本を置き構造を調べる。

「ふむ…」

 メルヒは棚から大きな白い羽を取り出して、ふわりと本をはらった。

「…それは一体なにをしたのですか?」

「ドライクリーニングだよ。
 埃や汚れを払ってるの」

「魔術式だけ直すのかと思ってましたけど、汚れも払うのですね」

「これも大事なことなんだよ?」

 そう言ってメルヒは羽を置いた。

「修復をするのに大切なことを勉強しようか」

 メルヒは書棚から狼の魔族が封印されていた魔術書グリモワールを取り出す。

「こうやって直してるわけだけど。
 直すにも決め事があるんだ」

 私は頷く。

「これは古の術式が使ってあると話したよねぇ。
 これに上から現代の術式をかけると、上書きされてしまう。
 元の術式文字も分からなくなってしまうよねぇ?
 それだと、まったく別の作品を作り出したことになるんだ。
 術式の構造が理解出来ているのであれば復元は可能だけどねぇ。
 理解できないものは何もしないのが物ににとっての最善だよ。
 原型を出来うる限り残す。
 それが後の世のためなんだ。
 修復をするには、オリジナルを尊重しなくてはならないのだよ」

  「オリジナルを残すことが大切なことで、そのためには何も処置しないことも後のことを考えれば本のためということですね」

「では、今回の場合はどうだろうか?」

 メルヒは私に尋ねる。

「えっと、今回は…」

 私は前回の魔術書と絵本を比較して考える。

「前回のは貴重な魔術書グリモワールで、今回は実用的なもの?」

「そうだよ、リリス。
 今回の場合は使うことを主に考えるべきなんだ。
 魔術式を上書きしたとしても、構わないと思う。
 依頼人は思い出の声を望んでるからねぇ」

 私はそれぞれの物によって修復の方針が違うことを理解する。
 依頼人がどうしたいのかを考えてから手をつけるべきことなんだ。
 ただ外装を直すだけの仕事ではないらしい。

「では、この本は魔術式を新しく付与して声が聞けるようにするのですね」

「そうするつもりだよ。
 まぁ、まずは記録を取るところからだけどねぇ」

「記録ですか…」

 メルヒはカルテのような紙を取り出して、現在の絵本の状態を図と共に書き込んでいく。
 修復前と修復後という項目があった。

「これ、修復作業カルテねぇ。
 この記録をとることも大事な作業になる。
 僕がなんの素材を使ってどこを直したのか後の世の人に分かるようにするんだ。
 この本を直す時や調べたい時がきたら使うことになるよ。
 よし、次は 術式をメモしなくてはならないねぇ」

 メルヒはルーペを取りだして、くまなく探す。
 術式は隠された場所にあるようで、探すのに手間がかかってるみたいだった。

「私も見てもいいですか?」

「そうだねぇ。
 探すくらいだったら、任せようかな。
 頼んだよ」

 メルヒからルーペを受け取った。
 私もメルヒと同じように丁寧にページをめくり探していく。
 そこで瞳に違和感を感じた。
 絵を邪魔しないようにページの端っこに書き込まれた魔術式をみつけたのだが、ルーペを覗くよりも使わない方が浮き出て見えるのだ。
 メルヒはルーペでも見つけにくそうにしていたのに。
 どうしてしまったのだろう。

「この箇所のページごとに書いてあるみたいですよ」

 私は怖くなってすぐにルーペを返した。

「全頁に魔術式を付与して声をいれたのかな…。
 絵本でよかった」

 メルヒはそれを別のカルテに書き込んでいく。

「この修復のお代は、魔術式の複製って話をしたよねぇ」

「…」

 なんで、こんなに魔術式だけ浮き出て見えるのだろう。
 思えば、いつもより視界が賑やかだ。
 部屋中にある道具の術式も浮き出て見えている。

「リリス?」

「えっ。
 はい、聞いてました」

 見えすぎることを頭の隅に置き、ひとまずメルヒの話を聞こうとする。
 ぼんやりしていたようで心配させてしまったようだ。

「大丈夫?
 やっぱり疲れてるみたいだし、今日はもう休もうか?」

 メルヒが私の顔を見る。

「ぼんやりしてるねぇ。
 ブローチがあるから、そこの扉は自由に出入りできるよ。
 今日はもう寝た方がいいね」

 私はそう言われて、メルヒの言葉に甘えることにした。
 今日はもう休もう。

「すいません途中なのに…
 それでは、おやすみなさい」

 メルヒにそう告げ、部屋に戻る。
 疲れていたようで、部屋に戻るとすぐに眠りに落ちた。
 明日、目を開ける頃には落ち着いて欲しい。
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