グリモワールの修復師

アオキメル

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1章 リリスのグリモワールの修復師

32 帰り道

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「気に入ってくれてよかった。
 ブローチ渡せたし戻ろうか」

 メルヒはすっと立ち上がり背中を向けて歩き出す。

「あっ…待ってください」

 私はフードをかぶり直し追いかける。
 メルヒの足取りが何故だか早足だ。
 さっきの言葉を思い出すとふわふわしたような気持ちになる。
 前がよく見えない私は立ち止まったメルヒの背中に頭をぶつけた。

「…すいません」

「あんまり見えてないでしょう?
 ここは誰もいないしかぶるのやめたら?」

「この方が落ち着くので…」

「そう…」

 メルヒは仕方ないなという表情をしている。

「そのブローチを使って家に戻ろうか。
 やり方教えるよ」

 私はもらったブローチを触る。

「これが鍵…」

「そうだよ。
 出かける時はいつでも身につけていてねぇ」

 メルヒは近くにあった公園の柵扉の前まで歩く。

「ここにしよう。
 おいで、リリス」

「はい」

「行きたい場所を頭の中に思い描きながら開けるだけだよ。
 思い浮かべる場所が明確になるように言葉に出して開けるといいと思うねぇ」

 それだけで帰れるというのだろうか、他に特殊な詠唱とかするものだと思ったのだけど。
 困惑する私にメルヒはやってみてと促してくる。

「えっと…」

 私は公園の柵扉に手をかける。
 向こう側に見えるのは川へと続く下り道だ。

「大丈夫だから、ほら」

「メルヒの屋敷へ」

 目を閉じて頭の中にカラスの三つ子が待っている屋敷を浮かべる。
 本当にこれだけでいいのだろうか…
 静かに目を開けると本当にメルヒの屋敷が見えた。
 さっきまで見えていた景色は消えている。

「不思議すぎる…
 目の前で景色がかわることって、よくあることなのかな」

 夜景の時に見た紫の花畑のことを思い返す。

「ね、大丈夫だったでしょう。
 そのブローチがあれば一人でもお出かけできるねぇ。
 扉であればどこへ成りとも飛んでいけるよ」

 メルヒは気軽な調子で言う。

「私は行ったことない場所が多すぎるので、誰かと一緒じゃないと使えませんよ」

  そう言いながら門をくぐり、灯りが見える屋敷の方へ歩いていく。
  道の前方に人影が立っていた。

「誰でしょう?」

「おや、お客人かな?」

  メルヒが人影にスタスタと近づいていった。
  私も後ろに続いてついていく。
  そこに立っていたのは、帽子をかぶった白髪の老婦人だった。
 手元には本が見える。

「いらっしゃいませ、我が工房へ」

 メルヒが丁寧に腰を折る。

「私がこの屋敷の主メルヒです。
 この場所にいらっしゃったということは直したいものがありますね」

「はい…」

 ぽつりと老婦人は返事をした。

「ひとまず、部屋の中へお入りください」

 メルヒが屋敷の方へ手をとり案内する。
 玄関ドアの前にくると。
 ちょうどドアが開いた。
 ドアを抑えるサファイアとルビー。
 真ん中にエメランドが立っていた。

「「「いらっしゃませ」」」

 丁寧に頭を下げる。
 メルヒはこのまま老婦人を連れ執務室に案内した。
 執務室には応接用の机とソファーが置かれていた。
 私もここには初めて入る。
 席を外すタイミングを逃した私はメルヒと共に老婦人の話を聞くことにした。
 老婦人にソファーに座ってもらい、向かい側にメルヒと私は座った。
 部屋の扉がノックされ三つ子たちがお茶を運んでくる。
 机の上にカップが置かれ紅茶の落ち着く香りが部屋に広がった。

「ありがとう」

 老婦人が微笑み紅茶を一口飲んだ。

「それでは、お話をお聞きしましょうか。
 改めまして、ご挨拶をさせていただきます。
 僕は魔術書グリモワールの修復師をしているメルヒです。
 隣にいるのは助手のリリス」

 えっ、今、助手って言いました?
 私はただのお手伝いのつもりだったのですけど。
 慌ててメルヒの袖をひっぱって首をふる。

「リリス、君は助手だよ。
 道具も揃ったでしょう」

 紫色の瞳がにっこりと力強く微笑んでくる。
 まだ届いてないですよと私は表情で返す。

「可愛いお嬢さんなのに修復師さんの助手なのね、すごいわ」

 老婦人が感心している。

「いいえ…」

 私はまだ何も教わってません。
 と心の中で叫んだ。

わたくしの名前はアメリアよ。
 今回はよろしくお願いしますね」

 品よく老婦人アメリアは微笑んだ。
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