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1章 リリスのグリモワールの修復師
25 薔薇姫の事情
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「あんな吹雪の夜に一人で歩いてるなんて何があったんだい?」
ついにメルヒに私のことを話すことになった。
本当の話をするべきだろうか、家がわかったら返されてしまうかもしれない。
厄介事だと思って追い出されてしまうかも。
私は不安になる。
「逃げてきたのです…」
これからも迷惑を掛けてしまうかもしれないので悩んだが正直に話をすることにする。
家には帰されたくないので、そこは言わないけれど。
「私はとある辺境にある貴族の家に生まれました」
「身なりが良かったものねぇ。
やっぱり貴族のお嬢様か。
何が嫌で家出してきたの?
よりにもよってあんな天候の日に…」
メルヒが咎めるように私に言う。
「危ないのは分かってました。
冬の山道がいかに危険かこの身をもって学びました。
それでも、あの時は逃げなくてはならなかったのです」
拳を握りしめて話を続ける。
「その貴族の風習で黒い髪に赤い瞳の女児が生まれると薔薇姫として育てられリリスという名を代々与えられるのです」
「リリスは薔薇姫というわけだねぇ」
メルヒは私の髪と瞳を観察するような瞳で見る。
「本当だ。
リリスの瞳は綺麗な暗い赤色だねぇ。
石でいうならガーネット。
アルマンディンガーネットだ。
暗いから気づかなかった。
もったいないな、前髪で隠すなんて。
光にもう少しあてたら赤くて綺麗だと思うけどねぇ」
私はそれに首を振る。
「私はこの瞳が嫌いです。
この瞳を持って生まれたせいで私は…」
考えるだけで暗い気持ちになっていく。
心が冷える。
「生まれた薔薇姫は世間から隠されて育てられます。
隔絶された塔の中だけが私の許された世界でした」
私は塔の中での生活を思い出す。
どの景色も毎日同じで灰色の世界だった。
「リリスは外へ出たことがなかったのかい?
貴族令嬢というものはリリスくらいの歳になるとお城の王へ顔を見せに行くものだよねぇ?
他の令嬢と友好を深めるお茶会を楽しんだりとかするものだけど」
「私は十八になりますが、薔薇姫の塔からは出たことはありません。
私のもとに来るのは私の世話をする執事とお兄さまと唯一のお友達フルールだけでした。
逃げ出したあの日、フルールに連れられ初めて外へ出たのです」
「思ったよりも大変な事情があるようだねぇ」
メルヒは私を信じられないものを見る目で見つめる。
その瞳には同情が読み取れた。
このまま私を匿ってくれると良いのだけど。
「一緒に来た友人はどうしたんだい?
リリスがこの場所へ来た時は一人だったよねぇ?」
「途中で、人さらいに遭って…
フルールが戦って、私を逃がしてくれたっきりで。
魔法やら魔術が得意な子なので大丈夫だと思うのですが…」
フルールのことを考えると心配でたまらなくなる。
でも、私が知り得る中であの子は誰よりも強いことを私は知っていた。
ココもついているものね。
「たまにリリスの話に出てくる、とんでもないことしてる子だよねぇ?」
「フルールは私が知る中で誰よりも強いです。
世界を知らないので基準が分かりませんけど。
フルールがいなければ私は未だ塔の中でしょう。
ですが、心配であることには変わりません。
かならず、追いかけてくるって話してたのですけど、いくら待っても全然来てくれなくて。
天候は悪くなるばかりでしたから」
あの時はフルールにもらったコンパスが無かったら進むことも出来なかった。
あの後、何日かかかってこの屋敷の敷地で力尽きたのだ。
フルール守ってくれてありがとう。
次会うときは、私があなたの力になるわ。
「そのフルールって子がこの屋敷の敷地に入ったら、三つ子のカラスたちが教えてくれるよ」
メルヒは優しく手を取り教えてくれる。
「薔薇姫の役割りを話していませんでしたね」
私は力なく微笑みを浮かべる。
「薔薇姫の役目は地底深くにある魔族の王族嫁ぐこと。
私は生まれながらに未来を決められた。
一族の生贄なのです。
薔薇姫の身とひきかえに、一族は魔族から恩恵を与えられます。
故にあんなにも厳重に私は塔の中に閉じ込められていたのでしょう。
魔族が迎えに来た日、私はフルールと逃げ出しました」
「生贄ねぇ」
メルヒのは繰り返す。
「この魔法王国ルーナでそんなことしている貴族がいるなんて…。
魔族との婚姻なんて成立するものだろうか、それも王族だなんて…。
死して魂になってからは別だけれどねぇ」
メルヒは私の両肩に手を置く。
「リリス、君は逃げられてよかった。
魔族というのは本当に恐ろしいものだからねぇ。
こんな話を聞いて、リリスの住んでいた家に送り返そうなんて思わないよ」
「そのうち家の者が私を探して、ここまで来るかもしれません」
私は不安を口にする。
「大丈夫、その際は僕が匿ってあげる。
今まで辛かったねぇ」
メルヒが抱きしめるように背中に腕を回し優しくとんとん叩く。
小さい頃からの毎日を思い出して、涙が溢れる。
「ご迷惑ばかりおかけして、ごめんなさい」
「謝らないで、リリス。
君はこれから世界を見て楽しいことをみつけるんだ」
その言葉に私は安心する。
あの灰色の日々に戻らなくてもいいのだ。
「私しっかり働きます。
しばらく、この屋敷にいてもいいですか?」
「何言ってるの?
当たり前でしょう。
狼の魔族につけられた花嫁の印も消さないといけないのだから、ここにいないとダメだよ」
呆れたようにメルヒはこちらを見る。
そういえば、あの印も消さなくてはならなかった。
「魔族の王族への嫁入りを逃げ出して、狼の魔族に花嫁の印を刻まれるなんて…。
リリス、君はなんて運命をしているんだい?」
本当にその通りだと思う。
とても悪い星の巡り合わせに生まれたのではないかと考えてしまう。
でも、ここにいれば私はきっと大丈夫。
何故かそう思えた。
「これからよろしくお願いします」
涙をぬぐって笑顔でメルヒを見上げた。
近くでシャランと音を立て眼鏡についた鎖が揺れる。
レンズ越しに見る紫色の瞳は優しい色をしていた。
ついにメルヒに私のことを話すことになった。
本当の話をするべきだろうか、家がわかったら返されてしまうかもしれない。
厄介事だと思って追い出されてしまうかも。
私は不安になる。
「逃げてきたのです…」
これからも迷惑を掛けてしまうかもしれないので悩んだが正直に話をすることにする。
家には帰されたくないので、そこは言わないけれど。
「私はとある辺境にある貴族の家に生まれました」
「身なりが良かったものねぇ。
やっぱり貴族のお嬢様か。
何が嫌で家出してきたの?
よりにもよってあんな天候の日に…」
メルヒが咎めるように私に言う。
「危ないのは分かってました。
冬の山道がいかに危険かこの身をもって学びました。
それでも、あの時は逃げなくてはならなかったのです」
拳を握りしめて話を続ける。
「その貴族の風習で黒い髪に赤い瞳の女児が生まれると薔薇姫として育てられリリスという名を代々与えられるのです」
「リリスは薔薇姫というわけだねぇ」
メルヒは私の髪と瞳を観察するような瞳で見る。
「本当だ。
リリスの瞳は綺麗な暗い赤色だねぇ。
石でいうならガーネット。
アルマンディンガーネットだ。
暗いから気づかなかった。
もったいないな、前髪で隠すなんて。
光にもう少しあてたら赤くて綺麗だと思うけどねぇ」
私はそれに首を振る。
「私はこの瞳が嫌いです。
この瞳を持って生まれたせいで私は…」
考えるだけで暗い気持ちになっていく。
心が冷える。
「生まれた薔薇姫は世間から隠されて育てられます。
隔絶された塔の中だけが私の許された世界でした」
私は塔の中での生活を思い出す。
どの景色も毎日同じで灰色の世界だった。
「リリスは外へ出たことがなかったのかい?
貴族令嬢というものはリリスくらいの歳になるとお城の王へ顔を見せに行くものだよねぇ?
他の令嬢と友好を深めるお茶会を楽しんだりとかするものだけど」
「私は十八になりますが、薔薇姫の塔からは出たことはありません。
私のもとに来るのは私の世話をする執事とお兄さまと唯一のお友達フルールだけでした。
逃げ出したあの日、フルールに連れられ初めて外へ出たのです」
「思ったよりも大変な事情があるようだねぇ」
メルヒは私を信じられないものを見る目で見つめる。
その瞳には同情が読み取れた。
このまま私を匿ってくれると良いのだけど。
「一緒に来た友人はどうしたんだい?
リリスがこの場所へ来た時は一人だったよねぇ?」
「途中で、人さらいに遭って…
フルールが戦って、私を逃がしてくれたっきりで。
魔法やら魔術が得意な子なので大丈夫だと思うのですが…」
フルールのことを考えると心配でたまらなくなる。
でも、私が知り得る中であの子は誰よりも強いことを私は知っていた。
ココもついているものね。
「たまにリリスの話に出てくる、とんでもないことしてる子だよねぇ?」
「フルールは私が知る中で誰よりも強いです。
世界を知らないので基準が分かりませんけど。
フルールがいなければ私は未だ塔の中でしょう。
ですが、心配であることには変わりません。
かならず、追いかけてくるって話してたのですけど、いくら待っても全然来てくれなくて。
天候は悪くなるばかりでしたから」
あの時はフルールにもらったコンパスが無かったら進むことも出来なかった。
あの後、何日かかかってこの屋敷の敷地で力尽きたのだ。
フルール守ってくれてありがとう。
次会うときは、私があなたの力になるわ。
「そのフルールって子がこの屋敷の敷地に入ったら、三つ子のカラスたちが教えてくれるよ」
メルヒは優しく手を取り教えてくれる。
「薔薇姫の役割りを話していませんでしたね」
私は力なく微笑みを浮かべる。
「薔薇姫の役目は地底深くにある魔族の王族嫁ぐこと。
私は生まれながらに未来を決められた。
一族の生贄なのです。
薔薇姫の身とひきかえに、一族は魔族から恩恵を与えられます。
故にあんなにも厳重に私は塔の中に閉じ込められていたのでしょう。
魔族が迎えに来た日、私はフルールと逃げ出しました」
「生贄ねぇ」
メルヒのは繰り返す。
「この魔法王国ルーナでそんなことしている貴族がいるなんて…。
魔族との婚姻なんて成立するものだろうか、それも王族だなんて…。
死して魂になってからは別だけれどねぇ」
メルヒは私の両肩に手を置く。
「リリス、君は逃げられてよかった。
魔族というのは本当に恐ろしいものだからねぇ。
こんな話を聞いて、リリスの住んでいた家に送り返そうなんて思わないよ」
「そのうち家の者が私を探して、ここまで来るかもしれません」
私は不安を口にする。
「大丈夫、その際は僕が匿ってあげる。
今まで辛かったねぇ」
メルヒが抱きしめるように背中に腕を回し優しくとんとん叩く。
小さい頃からの毎日を思い出して、涙が溢れる。
「ご迷惑ばかりおかけして、ごめんなさい」
「謝らないで、リリス。
君はこれから世界を見て楽しいことをみつけるんだ」
その言葉に私は安心する。
あの灰色の日々に戻らなくてもいいのだ。
「私しっかり働きます。
しばらく、この屋敷にいてもいいですか?」
「何言ってるの?
当たり前でしょう。
狼の魔族につけられた花嫁の印も消さないといけないのだから、ここにいないとダメだよ」
呆れたようにメルヒはこちらを見る。
そういえば、あの印も消さなくてはならなかった。
「魔族の王族への嫁入りを逃げ出して、狼の魔族に花嫁の印を刻まれるなんて…。
リリス、君はなんて運命をしているんだい?」
本当にその通りだと思う。
とても悪い星の巡り合わせに生まれたのではないかと考えてしまう。
でも、ここにいれば私はきっと大丈夫。
何故かそう思えた。
「これからよろしくお願いします」
涙をぬぐって笑顔でメルヒを見上げた。
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