グリモワールの修復師

アオキメル

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1章 リリスのグリモワールの修復師

17 フルールの思い出その二

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  塔の目の前までやってくると、人の気配を感じた。
 あわてて、ココと一緒に隠れる。
 隠れると言っても、透過の術式を付与したマントがあるのでそもそも気づかれない。
 さらに魔法を使って厳重に気配を消した。
 これでもっと接近できる。
 この国の王様である私は、この国の全ての精霊から祝福されている。
 やろうと思えば何だってできるのだ。
 この国、魔法王国ルーナでは魔法王国と言うだけあって全ての国民が魔法を使うことができる国だ。
 自然界にいる精霊や妖精に祝福されるとその属性の魔法を使うことができる。
 祝福されず魔法の素質がなくともこの国には魔術というものがあり、道具に付与することで魔法を発動することが出来る。
 道具に頼ることにより、自分が持っていない特性や効果を得られることもあり、ほとんどの国民が魔術に頼っている。
 魔術を学ぶことはこの国では義務教育になっている。
 子供の頃から魔術式を編み解き自分のものにするのだ。
 私も幼少の時から神竜であるノエルからじきじきに魔術についても学んでいる。
 歴代の王と神竜しか知らない術も王になると共に継承された。
 つまり私はこの国では敵無しなのだ。


 ココを頭に乗せて人の気配がしている方に向かって歩いていく。
 そこには困った様子をした、同い年くらいの少女が塔の門の前にいた。
 黒髪を立てロールにした気が強そうな子だ。
 ガシャガシャと乱暴に門を開けようとしているが鍵がかかっているのか開く気配がない。

「ここにダミアン兄様が入っていったのは分かってるのに…」

 悔しそうに門の前で歯噛みしている。
 ちょうどいいわね。
 そう思った私は、少女の横をするりと抜け、サクサクと鍵を解除し門を開けた。
 ギィっと音を立てて、門が自然に開く。

「…あっ」

 少女はそれに驚いたが、これ幸いとばかり門を抜け階段を登って行った。
 私はその少女の後ろにぴったりくっついて塔の様子を伺う。
 塔の中は外とは違って、トラップは何も無かった。
 石造りの塔だけあって、春だというのに中はひんやりしている。
 この塔はなんのためにあるのだろう。
 そう思いながら長い階段を登りきるとバラの彫刻が施された扉があった。
 そこで少女は立ち止まり、扉の中の声に耳を傾けた。

「愛しいリリス。
 今日はこの本を読んであげよう」

「また、お姫様が魔族に食べられて酷い目に遭う話ですか?
 物語はハッピーエンドがいいです…」

 中から男の子と女の子の話し声が聞こえてくる。

「…ダミアンお兄様。
 私たちには本なんて読んでくださったことないのに」

 悲しそうな呟きが、少女から漏れた。
 わなわなと震えている。
 どうやら中にはこの子のお兄さんとこの子の知らない女の子がいるようだ。

「愛しいリリス、今度のは幸せな話だよ」
 うっとりとした様子が伝わる優しい声が聞こえてくる。

「こんな声、聞いたこともない…」

 扉の前にいた少女は我慢ならなくなったのが、ノックもせず扉を開けた。

「ダミアンお兄様!その子は誰なのですか?」

「…」

「…?」

 扉が開くと醒めた目をした黒髪黒目の少年と不思議そうな顔をした赤い瞳が特徴的な女の子がソファに座って開いた扉を見ていた。
 少女は二人の前まで歩く。

「エリカ。
 お前、何故ここに居る?」

 先程甘ったらしい声をだしていた人物と
 は思えないほど冷たい声だ。

「この子エリカちゃんっていうの?
 新しいお友達?」

 赤い瞳の女の子は人が来るのが嬉しいのか空気を読まずにこにこしていた。

「私ね、リリスって言うのよ」

 仲良くしましょうというように手を差し出す。
 それを少女は顔を真っ赤にしてパチンと叩き落とした。

「あなた何なの!お兄様は私たちのお兄様なのに!」

 赤い瞳の子がリリス。
 少年はダミアン。
 少女はエリカという名前らしい。

「ダミアンお兄様、こんな所にいるならば屋敷に戻ってください。
 毎日毎日いないと思ったらここにいたのですね。
 お兄様はもう十五歳です。
 こんな離れにいる素性のしれない者と毎日遊んでる場合ではありません」

 ダミアンはエリカの言葉は聞こえていないのか、手を叩かれて目がうるうるしているリリスに話しかける。

「あぁ、なんということだ。
 手を見せて」

 叩かれた手を取り口付けをする。
 ビクッとリリスは震えた。

「あぁ、痛むんだね」

 頭をやさしく撫でる。
 その光景をみたエリカはさらに震え、ギロリとリリスを睨んだ。

「貴方、お兄様の何?」

「私は…」

 リリスが何か言おうとしたところで、ダミアンが遮った。

「エリカ、リリスを傷つけたお前を許さない」

 低い威圧感のある声で告げる。
 しかしエリカは恐れない。

「ダミアンお兄様。
 妹である私よりもその子は大事な存在なのですか?」

「当たり前だよ。
 リリスはこの世で誰よりも尊い存在だ。
 薔薇姫であるリリスになんてことをするんだ」

「薔薇姫?薔薇姫とはなんですか?」

 聞いたこともないと言うようにエリカは繰り返す。

「エリカ、お前は何も知らないでこんな所まで私を追いかけてきたのか?」

 呆れたように妹エリカを見る。

「私は、お兄様が変わってしまった理由を知りたくて…。
 昔はあんなに優しく接してくださったのに、今は何も言って下さらない。
 もとのお兄様に戻ってください!」

 この言葉を聞いてダミアンは煩わしそうに見る。

「私は何も変わってないよ。
 愚かなエリカ、ここにいるリリスのことを説明してあげよう。
 何も知らないなんてリリスに失礼だ。
 薔薇姫には敬意をはらうべきだよ。
 オプスキュリテ家の者ならね」

 ダミアンは一族に伝わる詩を唄う。


 ━━赤い瞳は薔薇姫の証
 鮮血のごとき深紅色
 この世に一つの宝物

 約束されし貴族の赤子
 赤い瞳の女王陛下
 育てた彼らに宝物を
 我ら迎えにいきましょう━━


「これが、昔から伝わる詩だ。
 オプスキュリテ家はこの薔薇姫を代々魔族の王族に嫁にだすことで、恩恵を与えられている一族なんだ。
 お前もオプスキュリテ家の一人だろう。
 ここにいるリリスは薔薇姫で我が一族の繁栄のための生け贄なんだ」

 説明を聞いてリリス自身が悲しい顔をしている。

「リリス、大きくなったら魔族に食べられちゃうの…」

 ダミアンは優しく慰めるようにリリスを撫でながらエリカに言う。

「この子がここにいることは、父上と私しか知らない。
 薔薇姫の存在は、秘匿とされている。
 お前に話してなかったのも仕方の無いことだ。
 決して誰にも話してはいけないよ。
 ただし、薔薇姫の敬意は忘れないでね」

 とても重要な情報を聞いてしまった。
 どうやらこの塔は薔薇姫リリスという女の子を隠して育てている塔のようだ。
 こんなに守りが堅かったのも頷ける。
 逃げ出さないように閉じ込めてるんだ。
 オプスキュリテ家は魔法の力が極めて強く侯爵の地位にいるが、この取引があってのことだったのか。
 魔族の王族への嫁入りね、それも代々…
 なにか他にも理由がありそうね。
 それにしても、あのダミアンってやつは私から見てもリリスへの愛情表現が異常だ。
 魔族へ嫁に出される子に、なんで怖い魔族の出る本を読んでるんだ?
 更に怯えさせてどうするんだ。
 私はリリスのことが心配になってきた。
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