グリモワールの修復師

アオキメル

文字の大きさ
上 下
17 / 111
1章 リリスのグリモワールの修復師

17 フルールの思い出その二

しおりを挟む
  塔の目の前までやってくると、人の気配を感じた。
 あわてて、ココと一緒に隠れる。
 隠れると言っても、透過の術式を付与したマントがあるのでそもそも気づかれない。
 さらに魔法を使って厳重に気配を消した。
 これでもっと接近できる。
 この国の王様である私は、この国の全ての精霊から祝福されている。
 やろうと思えば何だってできるのだ。
 この国、魔法王国ルーナでは魔法王国と言うだけあって全ての国民が魔法を使うことができる国だ。
 自然界にいる精霊や妖精に祝福されるとその属性の魔法を使うことができる。
 祝福されず魔法の素質がなくともこの国には魔術というものがあり、道具に付与することで魔法を発動することが出来る。
 道具に頼ることにより、自分が持っていない特性や効果を得られることもあり、ほとんどの国民が魔術に頼っている。
 魔術を学ぶことはこの国では義務教育になっている。
 子供の頃から魔術式を編み解き自分のものにするのだ。
 私も幼少の時から神竜であるノエルからじきじきに魔術についても学んでいる。
 歴代の王と神竜しか知らない術も王になると共に継承された。
 つまり私はこの国では敵無しなのだ。


 ココを頭に乗せて人の気配がしている方に向かって歩いていく。
 そこには困った様子をした、同い年くらいの少女が塔の門の前にいた。
 黒髪を立てロールにした気が強そうな子だ。
 ガシャガシャと乱暴に門を開けようとしているが鍵がかかっているのか開く気配がない。

「ここにダミアン兄様が入っていったのは分かってるのに…」

 悔しそうに門の前で歯噛みしている。
 ちょうどいいわね。
 そう思った私は、少女の横をするりと抜け、サクサクと鍵を解除し門を開けた。
 ギィっと音を立てて、門が自然に開く。

「…あっ」

 少女はそれに驚いたが、これ幸いとばかり門を抜け階段を登って行った。
 私はその少女の後ろにぴったりくっついて塔の様子を伺う。
 塔の中は外とは違って、トラップは何も無かった。
 石造りの塔だけあって、春だというのに中はひんやりしている。
 この塔はなんのためにあるのだろう。
 そう思いながら長い階段を登りきるとバラの彫刻が施された扉があった。
 そこで少女は立ち止まり、扉の中の声に耳を傾けた。

「愛しいリリス。
 今日はこの本を読んであげよう」

「また、お姫様が魔族に食べられて酷い目に遭う話ですか?
 物語はハッピーエンドがいいです…」

 中から男の子と女の子の話し声が聞こえてくる。

「…ダミアンお兄様。
 私たちには本なんて読んでくださったことないのに」

 悲しそうな呟きが、少女から漏れた。
 わなわなと震えている。
 どうやら中にはこの子のお兄さんとこの子の知らない女の子がいるようだ。

「愛しいリリス、今度のは幸せな話だよ」
 うっとりとした様子が伝わる優しい声が聞こえてくる。

「こんな声、聞いたこともない…」

 扉の前にいた少女は我慢ならなくなったのが、ノックもせず扉を開けた。

「ダミアンお兄様!その子は誰なのですか?」

「…」

「…?」

 扉が開くと醒めた目をした黒髪黒目の少年と不思議そうな顔をした赤い瞳が特徴的な女の子がソファに座って開いた扉を見ていた。
 少女は二人の前まで歩く。

「エリカ。
 お前、何故ここに居る?」

 先程甘ったらしい声をだしていた人物と
 は思えないほど冷たい声だ。

「この子エリカちゃんっていうの?
 新しいお友達?」

 赤い瞳の女の子は人が来るのが嬉しいのか空気を読まずにこにこしていた。

「私ね、リリスって言うのよ」

 仲良くしましょうというように手を差し出す。
 それを少女は顔を真っ赤にしてパチンと叩き落とした。

「あなた何なの!お兄様は私たちのお兄様なのに!」

 赤い瞳の子がリリス。
 少年はダミアン。
 少女はエリカという名前らしい。

「ダミアンお兄様、こんな所にいるならば屋敷に戻ってください。
 毎日毎日いないと思ったらここにいたのですね。
 お兄様はもう十五歳です。
 こんな離れにいる素性のしれない者と毎日遊んでる場合ではありません」

 ダミアンはエリカの言葉は聞こえていないのか、手を叩かれて目がうるうるしているリリスに話しかける。

「あぁ、なんということだ。
 手を見せて」

 叩かれた手を取り口付けをする。
 ビクッとリリスは震えた。

「あぁ、痛むんだね」

 頭をやさしく撫でる。
 その光景をみたエリカはさらに震え、ギロリとリリスを睨んだ。

「貴方、お兄様の何?」

「私は…」

 リリスが何か言おうとしたところで、ダミアンが遮った。

「エリカ、リリスを傷つけたお前を許さない」

 低い威圧感のある声で告げる。
 しかしエリカは恐れない。

「ダミアンお兄様。
 妹である私よりもその子は大事な存在なのですか?」

「当たり前だよ。
 リリスはこの世で誰よりも尊い存在だ。
 薔薇姫であるリリスになんてことをするんだ」

「薔薇姫?薔薇姫とはなんですか?」

 聞いたこともないと言うようにエリカは繰り返す。

「エリカ、お前は何も知らないでこんな所まで私を追いかけてきたのか?」

 呆れたように妹エリカを見る。

「私は、お兄様が変わってしまった理由を知りたくて…。
 昔はあんなに優しく接してくださったのに、今は何も言って下さらない。
 もとのお兄様に戻ってください!」

 この言葉を聞いてダミアンは煩わしそうに見る。

「私は何も変わってないよ。
 愚かなエリカ、ここにいるリリスのことを説明してあげよう。
 何も知らないなんてリリスに失礼だ。
 薔薇姫には敬意をはらうべきだよ。
 オプスキュリテ家の者ならね」

 ダミアンは一族に伝わる詩を唄う。


 ━━赤い瞳は薔薇姫の証
 鮮血のごとき深紅色
 この世に一つの宝物

 約束されし貴族の赤子
 赤い瞳の女王陛下
 育てた彼らに宝物を
 我ら迎えにいきましょう━━


「これが、昔から伝わる詩だ。
 オプスキュリテ家はこの薔薇姫を代々魔族の王族に嫁にだすことで、恩恵を与えられている一族なんだ。
 お前もオプスキュリテ家の一人だろう。
 ここにいるリリスは薔薇姫で我が一族の繁栄のための生け贄なんだ」

 説明を聞いてリリス自身が悲しい顔をしている。

「リリス、大きくなったら魔族に食べられちゃうの…」

 ダミアンは優しく慰めるようにリリスを撫でながらエリカに言う。

「この子がここにいることは、父上と私しか知らない。
 薔薇姫の存在は、秘匿とされている。
 お前に話してなかったのも仕方の無いことだ。
 決して誰にも話してはいけないよ。
 ただし、薔薇姫の敬意は忘れないでね」

 とても重要な情報を聞いてしまった。
 どうやらこの塔は薔薇姫リリスという女の子を隠して育てている塔のようだ。
 こんなに守りが堅かったのも頷ける。
 逃げ出さないように閉じ込めてるんだ。
 オプスキュリテ家は魔法の力が極めて強く侯爵の地位にいるが、この取引があってのことだったのか。
 魔族の王族への嫁入りね、それも代々…
 なにか他にも理由がありそうね。
 それにしても、あのダミアンってやつは私から見てもリリスへの愛情表現が異常だ。
 魔族へ嫁に出される子に、なんで怖い魔族の出る本を読んでるんだ?
 更に怯えさせてどうするんだ。
 私はリリスのことが心配になってきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

二度目の人生は異世界で溺愛されています

ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。 ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。 加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。 おまけに女性が少ない世界のため 夫をたくさん持つことになりー…… 周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

処理中です...